波乱の幕開け

火焔達がそれぞれの国に帰ってから、一ヶ月。
彼等が帰った翌日から風夜に能力の使い方を教えて貰っていた花音は、今日も兵士達の訓練所を借りて風夜と能力を使う練習をしていた。
「そこまで!」
風夜の声に花音は息を吐いて、力を抜く。
それを見て、風夜が声を掛けてきた。
「だいぶ使えるようになってきたんじゃないか?キレやスピード、命中率も最初に比べたらよくなってきてるしな」
「そ、そうかな?」
そう言い、苦笑いする。
聖や火焔達がいなくなった寂しさをまぎらわすように始めたものだったが、褒められるとなんだか照れくさかった。
「でも、見てるだけじゃ威力はよくわからないんだよな。光の一族の力を俺は見たことないし」
「そうなの?」
「ああ。花音の能力が目覚めた時、初めて見たんだよ。ただ今とあの時じゃ、違うだろうしな」
「うん。それにあの時は光輝の力もあったから」
花音が言うと、何やら考えていた風夜が花音の反対側へ立った。
「風夜?」
「まあ、わからないなら試してみるしかないな」
そう言った風夜の周囲に風が集まる。
「これを防ぎきったら、今日は終わりにするぞ」
「ええっ!?ちょっ、待ってよ」
反論は聞かないとばかりに風夜の力が高まるのがわかり、花音は溜め息をついた。
掌に力が集まるイメージをすると、そこが暖かくなり、力が集まるのを感じる。
それが高まったと思うと、風夜が放ってきた風の渦に向かって力を放出する。
放たれた力がぶつかり合い、押されそうになるのを堪えていると、急に付けていたペンダントが光りだした。
それと同時に身体は軽くなり、花音の掌に集まっていた力が急激に強まる。
「ええっ!ちょっ、何!?」
慌てて制御しようとしたが、あまりのエネルギーに制御出来ず、風の渦を消し飛ばした力は風夜を後方へ吹っ飛ばした。
「ぐっ!」
「風夜!」
勢いよく吹っ飛ばされ、壁に背中を強打した風夜を見て、花音は血相を変えて駆け寄った。
「ご、ごめんね。大丈夫?怪我してない?」
「……っ、ああ。何とか直撃は防いだし、叩きつけられる前に勢いをころしたからな」
そう言い、風夜は立ち上がる。
その際、頭を軽く叩かれ、花音は俯けていた顔を上げた。
「本当に大丈夫だから、気にするな」
「……うん」
「さてと、このあとこの世界のことを勉強するために、図書室へ行くんだろ?今日は何もないし、俺にわかることなら教えるよ」
「うん。お願い」
花音は頷くと、風夜と肩を並べて城の図書室へ向かった。

風夜と修行した日から数日後、花音は風華と中庭でお茶を飲んでいた。
「今日も良い天気だね」
「うん」
花音が作ったクッキーを摘みながら、ゆっくりとした時間を過ごす。
聖に裏切られ、火焔達がそれぞれの国へ帰ってしまったのは寂しかったが、それでも何もない平和な時を楽しんでいた。
「風華」
地を踏む音がして、風夜が花音達の方へ歩いてくる。
「あ、風兄様!」
「学問の先生が来たぞ。部屋に戻れ」
「はーい。花音ちゃん、また後でね」
「うん!頑張って!」
手を振り、駆け出していく風華に笑いながら花音はそう返す。
風華がいなくなると、風夜が今まで風華の座っていた椅子に腰を下ろした。
「疲れてるみたいだね」
「ああ。陰の一族のことで、他国に色々伝えないといけないことがあってな。数日前からその書類を片付けていたんだ」
「お疲れ様」
そう返して、ティーカップに紅茶をいれ、風夜に差し出す。
それを口にして息をつくと、彼は空を見上げた。
暫くそうしていた風夜だったが、不意に空のある一点を見つめ、目を鋭くする。
「何?どうしたの?」
それに気付いて、花音も上を見上げる。
見えたのは一匹の飛竜がふらつきながらも、此方へ飛んでくる姿だった。
「大変!墜ちてくるよ!」
「ちっ!」
空中でバランスを崩した飛竜を見て花音が叫ぶと、風夜が飛竜に向けて風の渦を放つ。
うまく渦に乗った飛竜が地面に降りたのを見て、花音は駆け寄る。
飛竜に乗っていた兵士は傷だらけで、思わず息を飲んだ。
「酷い……」
「とにかく、傷の手当てを」
風夜がそう言い、誰かを呼んでこようと踵を返した時、兵士のか細い声が聞こえた。
「お待ち、ください」
「駄目だよ!まだ話さないで」
「私は、もう、助からない……。それより、ここは、危険です。陰の奴等が……、街の、外まで……」
「何だって!?」
「この国は、終わりだ。早く……逃げ……」
兵士の身体から力が抜ける。
ゆっくりと閉じられた目は、二度と開くことはなかった。

兵士を看取ってから花音と風夜は謁見の間に来ていた。
すでに事態を把握しているのか、王や空夜、風華、それに大臣や兵士達の空気は重い。
「奴等はあとどのくらいで此処に到達する?」
「詳しいことはわかりません。街の出入口に兵士を集めていますが、其処でどのくらい時間を稼げるか」
「そうか。だが、奴等は何故この国を?」
「私が……」
空夜の言葉に花音が呟くと、風夜達の視線が集められるのがわかった。
「私が、此処にいるから」
「花音、何言って……」
「聖ちゃんが言ってた。自分達の計画に私は邪魔だって!だから」
そこまで言って、頬に痛みが走る。
頬を叩かれたのだと気付いて、花音は呆然と叩いた人物を見た。
「風……夜……?」
不機嫌そうに此方を睨み付けてくる風夜を花音が見つめていると、謁見の間の扉が開かれ、兵士が飛び込んできた。
「陛下!前線部隊が全滅、奴等がもうすぐ城に到達します」
「……そうか。……風夜」
重い溜め息をついた王が風夜を見る。
「何ですか、父上」
「お前は今すぐ花音を連れ、城を脱出しなさい」
「……はい」
風夜が頷き、花音の腕を掴む。
そのまま謁見の間を出ようとするのを見て、花音は声を上げた。
「ちょっと待って!風華ちゃんは?それに空夜さん達は?」
花音の言葉に王の隣にいた空夜が僅かに笑みを浮かべる。
「俺はこの国の第一皇子だ。国民を置いて逃げることは出来ない。それに、お前も俺より風夜の方がいいだろ」
「花音ちゃん」
近付いてきた風華が付けていたブレスレットを外し、差し出してくる。
「はい。御守り代わりに」
「風華ちゃん……」
「またいつか、一緒にお茶を飲んだり、遊びに行こうね」
「うん。約束だからね!」
涙を堪えて笑みを見せる。
渡されたブレスレットは左手につけた。
「さあ、行きなさい。風夜、頼んだぞ」
王の言葉に風夜が再び花音の手を引く。
二人はそのまま謁見の間を出ると、中庭へと走り出した。
中庭まで来ると、飛竜達が身を寄せあい、一ヶ所に集まっていた。
その中の一匹が風夜の姿を見て、近寄ってくる。
風夜はその飛竜を宥めるように撫でると、その背に飛び乗った。
花音が風夜の手を借りて背に乗るのと同時に空間が歪み、黒い陰が現れ始める。
「しっかり掴まってろ!」
陰に風の刃を叩き付け、風夜が飛竜の腹を蹴る。
飛竜がそれを合図に上昇し、陰が届かない上空で停止する。
花音が地上を見下ろすと、中庭にいた飛竜達が次々と陰に捕われていくのが見えた。
中庭だけではない。
城が、街が覆われていく。
その光景に花音は残してきた人達の身を案じるしかなかった。
「……行くぞ」
同じように地上を見下していた風夜が苦々しい表情で言う。
風夜が飛竜の腹を蹴り、飛竜が翼を羽ばたかせる。
チラリと見えた彼の表情は苦しげで、花音は胸が締め付けられた。
陰の一族に襲撃され、黒い陰に覆われた風の国は徐々に遠ざかっていった。

風の国の同盟国である火の国。
そこに風の国への襲撃が伝えられたのは、その日の夕刻だった。
「父上、お呼びですか」
自室で執務をこなしていた火焔の所へ兵が呼びに来て、謁見の間へと来た火焔は王の暗い表情に眉をひそめた。
「何かあったんですか?」
「ああ。風の国が……」
疲れたように王が口を開き、続いた言葉に火焔は言葉を失った。
「風の国が陰の一族に襲撃され、奴等の手に堕ちた」
「そんな!?風夜達は?花音はどうなったんです?」
「わからぬ。襲撃され、奴等の手に堕ちたとしか。誰が助かったのかも。……とにかく、他の国にも知らせなければ。火焔、そちらは任せてよいか。私は、対策を練らなくては」
王が言い、火焔は頷いたが、頭の中は真っ白だった。
何とか自室まで戻ってきて、火焔は座り込む。
頭の中に数週間前まで行動を共にしていた親友の姿が、別れ際の花音の笑顔が浮かんでくる。
(無事だよな。絶対、何処かでまた会えるよな)
熱いものが目の奥からこみ上げてくるのを堪えて、机に向かう。
インクを付けたペンが震えて、上手く書けない。
それでも、他国に伝える為、王から聞いたことを必死で綴った。
水の国。
第一皇女である水蓮のところには雷牙と大樹が遊びに来ていた。
「はぁ……、何で私があんた達と一緒にいないといけないわけ?」
「別にいいだろ?この国、綺麗なところ多いし」
「大樹はたまにだけど、あんたは何回も来てるじゃない。そんなんで大丈夫なの?」
「まあまあ、いいじゃないか。雷牙だって、自分の仕事はちゃんとやってるだろ」
そう苦笑しながら、大樹が水蓮を宥める。
その時、一人のメイドが慌てたように走ってきた。
「水蓮様!」
「どうしたの?」
「先程火の国から使者が参りまして、水蓮様にこれを。見たら、至急連絡を寄越すようにと」
言って、封筒が差し出される。
それを受け取ると、横から雷牙と大樹も覗き込んできた。
「火焔からだって?」
「何かあったのか?」
そんな声を聞きながら、水蓮は封筒を開け、中に入っていた手紙を取り出す。
それを広げて目を通した水蓮の顔が青ざめる。
「そんなっ!?」
「水蓮?」
「これ……」
震える手で手紙を差し出してきた水蓮から大樹が受け取る。
手紙には風の国が襲撃され、制圧されたこと。
風夜や花音達の安否がわからないことが記されていた。
「くそっ!」
手紙を読んで雷牙が近くの柱を殴り付ける。
大樹は顔を俯かせている水蓮と怒りを露にしている雷牙を見ていることしか出来なかった。
水蓮達が火焔からの手紙を読んだのとほぼ同時刻。
城の中を駆け抜け、飛竜のいる場所まで急いでいる夜天の姿があった。
「夜天様、お出かけですか?」
「ああ。光輝のところに行ってくる」
「お気をつけて」
声を掛けてきたメイドにそう答えると、夜天は飛竜に飛び乗った。
闇の国にある街の中で、周りを高い壁に囲まれている街の外に来て、夜天は飛竜から降りた。
通行証を見せ、街の中に入ると一番大きな建物に向かう。
いつもなら取り次いでもらうが、そんなことには構わずに建物に入ると奥の部屋へと足を進める。
扉を勢いよく開け放つと、中にいた金髪の少年が驚いたように振り返った。
「夜天!?どうしたんだ?連絡なしにお前が来るなんて……というか、機嫌悪くないか?」
「やっぱり、知らないのか」
いつもと変わらない様子の少年、光輝に夜天が溜め息をつくと、彼は眉をしかめた。
「知らないって、何をだよ?」
「この前、お前の姉がこの世界に来ていて、風の国にいると言っただろ」
「ああ」
「その風の国が陰の一族に襲撃され、奴等の手に堕ちた。お前の姉の安否どころか、全く状況がわからない」
「何、だって?」
夜天が告げたことに光輝は目を見開く。
「そんな、姉上が……」
「お前には酷かもしれないけどな。隣国の火の国でも、まだ何もわからないらしい。それどころか、国境を完全に封鎖し、風の国との関係を断つそうだ」
「っ……」
夜天が告げた言葉に光輝は一瞬怒りを露にしたが、すぐに力が抜けたように椅子に座ると、顔を俯かせた。
「姉上……」
「……また何かわかったら、連絡する」
そう言って、踵を返す。
部屋から出ると、中から何かを押し殺すような声が聞こえてきたが、夜天はそのまま立ち去った。