「どこに行く?」
「加奈は、どこに行きたい?」
「思い出の場所に行きたいな。初めてデートしたカフェとか」
そう言って隣を見上げると、亮輔は少しせつなそうに眉を寄せた。
二人の開いた空間を、手を繋いで埋める。
石畳の階段を並んで降りていると、ふわりと風が二人の間を通り抜けていった。
春の訪れを示す東風は、まだ三月半ばということもありヒンヤリと冷たい。
緩やかな傾斜の先に見える海と空の境界線から、薄く潮の香りを運んできた。
長年暮らして、何度も歩いた。
この道すら、私達には思い出の場所だ。
「じゃあ、水族館も」
「うん、イルカのショーがみたい」
「うわ、懐かしいなあ」
「最前列に座ったら、びしょ濡れになったの覚えてる?」
「今日は三列目くらいにしとこうな」
どうやら、高校生の時の初デートの跡を辿ることになりそうだ。
余計に湿っぽくなりそうな気がしたけれど、案外そうでもなく和やかに思い出が二人の口から零れ出た。
喧嘩はしても、嫌いになったことなんて一度もない。
好きだけど別れを選ぶなんて、物語の中だけかと思ってた。
二年浪人して美大に入った私は、明日イタリアに留学する。
デザイナーになる夢を追う為だ。
とっくに社会人でお父さんの会社を手伝う彼は、海外に飛び出していつ戻るかもわからない私とはもう一緒に居られない。
いつまでも、同じ路を歩くわけにはいかないのだ。