扉に手を伸ばしかけて、堤はふいに振り向いた。
立ち止まった俺を見つめて、イタズラっぽい笑みを浮かべる。そして俺の首に腕を回して、いきなり抱きついた。俺は慌てて、両手に持った薬ビンを堤の身体から遠ざける。
「こら、危ない。薬品がこぼれたらどうする」
「劇薬なんて怖くないもん」
「俺は怖いんだ。離れなさい!」
「ちぇ」
俺が強く言うと、堤は渋々身体を離した。
ひとの両手が塞がっているのをいい事に何をする。堤を襲うつもりはないが、女に襲われるのは男として不本意だ。
二人で化学準備室に戻り、薬ビンを片付けると、俺は堤と向き合い反撃に出た。
「じゃあ、問題。軽く炎色反応から」
「何、それ。全然軽くない」
堤がふてくされて、吐き捨てるように言う。俺はかまわず問題を出した。
「燃やして緑色の炎を出す元素は何だ?」
「わかんない」
即答せずに少しは考えろよ。俺は軽く嘆息して、おまけでもう一問出題してみる。
「じゃあ、水の化学反応式は?」
「H2O」
さすがに水がH2Oだという事は知っているようだ。だが残念ながら不正解。
「それは化学式だ。化学反応式は、さっき俺が書いたようなヤツ。何と何が反応して、何が出来るのかを表す式の事だ」
堤はふてくされたまま、俯いて投げやりに言う。
「H+O=H2O」
「元素の数が合ってないぞ」
「H+2+O=H2O」
「2って何だ、2って」