堤が卒業し、俺はいつもの日常を繰り返しながら、いつの間にか3度目の春が過ぎていた。
堤も例に漏れず、卒業後は一度も俺に連絡をよこさない。
あの頃見つけたやりたい事に打ち込んでいるのか、大学生活を楽しんでいるのか、どっちにしろ踏みとどまって正解だったという事だろう。
それでも時々、あの頃抱いた想いと共に、堤の事を思い出す。彼女ほど強烈に印象に残る生徒は、後にも先にもいない。
そのせいか俺は未だに独身で、あの頃に比べて多少落ち着いたものの、相変わらず全校生徒の人気者だった。
校門での風紀検査を終えて職員室に戻ると、教頭先生が女性を従えて俺を待ち構えていた。先日話のあった教育実習生だろう。
我が校は時々、堤の進学した国立大学から、教育実習生がやって来る。大概は商業科目の実習生で、化学の実習生は珍しい。
「氷村先生はご存じですよね。あの堤さんですよ」
そう言って教頭先生から紹介された時は、声も出ないほど驚いた。
髪を伸ばして化粧をした堤は、面影はあるものの随分と大人びて、そして輝くほど綺麗に見えた。
挨拶を済ませ、教頭先生が立ち去ると、堤は俺の顔を見て小さく吹き出した。
「先生、そんなに驚いたの? 目と口、開きっぱなし」
堪えきれないといった様子で、堤はクスクス笑い始めた。その仕草も随分大人っぽい。
理系に進んだ事は聞いていた。それだけでも驚いたのに――。
俺もつられてクスリと笑う。
「まさかおまえが化学の教師を目指すとはな。おまえの高校時代の成績知ったら、生徒が不安になるぞ」
堤は少し眉を寄せて、俺を軽く睨む。