嬉しそうに笑いながら堤は、鞄の中からソーイングセットを出して、俺の上着を手に取る。そして上から二つめのボタンを縫い付けた糸を、小さなハサミで切り始めた。

 ハサミが小さいせいか、作業は難航している。

 目の前にある堤の頭を見下ろしながら、閉じ込めておいた邪な想いにとらわれた。校門をくぐれば、堤はもう生徒ではなくなる。俺が好きだと告げたら、堤はどうするだろう。

 自然と手が伸びて、堤の頭を撫でていた。

 切り離したボタンを持って、堤が不思議そうに俺を見上げる。

「先生?」

 俺はゆっくりと手を下ろし微笑んだ。心とは裏腹な言葉が口をついて出る。

「元気でな」

 ボタンを握りしめて、堤は元気に頷いた。

「うん。先生も元気でね。ありがとう。大好き」

 久しぶりに聞いた「大好き」を最後に、堤は俺の前から去っていった。

 そして数日後の合格発表で、堤は我が校の伝説になった。