季節は移ろい春になり、卒業式の日がやって来た。今日で堤も、この学校を去る。
式が終わり、体育館から校舎へ戻ろうとしていると、久しぶりに聞く声が俺を呼び止めた。
「氷村先生ーっ」
卒業証書を持った堤が、笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる。この笑顔を見るのは、何ヶ月ぶりだろう。
側まで来た堤は、俺の姿をしげしげと眺めて、ポケットからスマートフォンを取りだした。
「先生のスーツ姿って珍しいから、写真撮らせてね。ちょっとこれ持ってて」
そう言いながら俺に卒業証書の入った筒を押しつけ、数歩後ろに下がった。
「おい。これじゃ俺が卒業したみたいじゃないか」
「いいから、笑って」
言われて、ついつい笑顔を作る。妙な条件反射が身についてしまったものだ。
堤は撮った写真を、満足そうに眺めて言う。
「白衣もいいけど、やっぱ、スーツ姿かっこいーっ」
見慣れないから、新鮮なだけだろう。
俺は側まで歩み寄り、卒業証書を差し出した。
「ほら。卒業おめでとう」
「ありがとう」
堤はスマートフォンをしまい、それを受け取る。
「おまえが国立受けるって聞いて、びっくりしたよ。手応えはどうだ?」
「うーん。微妙」
「そうか。受かるといいな」
「うん。お祈りしてて」
堤はにっこり微笑んだ後、名案を思い付いたように両手を合わせた。