「あたしが生徒だから? じゃあ、生徒じゃなかったら?」
「仮定の話をしても意味がないだろう。実際におまえはこの学校の生徒だ。おまえが俺に何か期待しているなら、諦めた方がいい。俺は教職を棒に振るつもりはない」

 再び室内に静寂が訪れ、互いに見つめ合ったまま少しの時間が流れた。

 俺が帰るように促そうと口を開きかけた時、いきなり堤が抱きついてきた。そして俺の唇に自分の唇を押しつけた。

 すぐさま俺は、堤の両肩を掴んで突き放し、椅子から立ち上がった。

「やめろ! 何考えてるんだ!」

 堤は縋るような目で俺を見つめる。

「どうしたら、先生の側にいられるの?」
「もう、俺の側に来ない方がいい。帰りなさい」

 冷たく言い放つと、堤は俺の手を振りほどいて、駆けだして行った。

 開け放たれた出入口を見つめ、俺は力なく椅子に座った。

 堤の触れた唇に手を当てる。キスと呼ぶには、あまりに幼くて不器用な口づけを思い出し、クスリと笑いが漏れた。

「下手くそ……キスも知らないのか」

 精一杯背伸びをしている堤が、かわいくて、おかしくて、笑いが止まらなくなった。

 堤の屈託のない笑顔、物怖じしない真っ直ぐな好意、そして今見せつけられた一途なひたむきさが、俺に向けられる事は、もう二度とないのだろう。

 あの眩しい笑顔が、俺と共に秘密を抱えて、かげるのを見たくはなかった。