翌日の放課後、化学準備室の椅子に座って待ち構える俺の元に、堤はやって来た。
彼女は俺の前まで歩み寄ると、真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「先生、周期表、覚えてきました」
「そうか。先に一つ訊いておきたい。おまえは俺の答を聞いて、どうするつもりだ?」
「何も。先生の気持ちが知りたいだけ」
「分かった。間違ったまま先に進んだり、3秒以上止まった時は、そこで終了だ。準備が出来たら始めて」
堤はひとつ大きく息を吸い込んで、中空を見つめたまま周期表の暗唱を始めた。
「水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム……」
俺は目を閉じ、頭の中の周期表を、堤の声に合わせて辿る。
まるでリズムを刻むように、規則正しく淡々と、彼女のよく通る澄んだ声が、午後の静かな教室に響き渡る。
やがて周期表が終盤に近付いて来た。ここまで堤は一度も言い淀むことなく、淡々と暗唱を続けてきた。このまま間違えずに、最後まで言って欲しい。そう思うと、自分の事のように鼓動が早くなる。
たとえその後、彼女を傷つける事になっても、堤の本気を見てみたかった。
あと4つ。
「……ラドン、フランシウム、ラジウム、アクチノイド」
暗唱が終わり、室内に静寂が訪れた。俺は目を閉じたまま、しばらく余韻に浸る。