堤は俯いたまま、黙り込んだ。見事に頭から抜け落ちている事に、落胆を禁じ得ない。
俺は再びため息をついて、正解を教えた。
「2H2+O2=2H2Oだ。燃やして緑色になるのは銅。全部授業でやっただろう」
突然堤が顔を上げて怒鳴った。
「そんなのどうだっていい! 化学なんか分かったって、何の役にも立たないじゃない!」
教えている身としては、これは結構痛い。二年生の一年間だけじゃ時間が足りなくて、どうしても実験をやる時間がほとんどない。
実験をして自分の目で確かめるから、化学は楽しいと思える。教科書の写真と講義だけじゃ、おもしろくないのは俺も同感だ。
「堤、花火は好きか?」
「え?」
突然脈絡のない事を訊かれたと思ったのか、堤は面食らった表情で目をしばたたいた。
「いろんな色の炎がきれいだろう? 花火の色は炎色反応を利用してるんだぞ。赤はストロンチウム、黄色はナトリウム、紫はカリウム、オレンジ色はカルシウムだ。化学は自分自身で日常に役立てる事は、ないかもしれない。だけど日常の様々な事に化学は応用されている。化学が分かると、日常のいろんな事が違った風に見えてきて、楽しいと思わないか? 俺は、そうなんだけどな」
堤は再び俯くと、小声でつぶやいた。
「……ごめんなさい。先生」
「謝らなくていい。大半の人は堤と同じ事、思ってるよ。どうしても苦手な教科ってのはあるしな」
素直に謝る堤がかわいく思えて、つい頭をクシャクシャと撫でた。
不思議そうに見上げる堤と目が合い、慌てて手を引っ込める。
生徒は女の子だ。うかつに触れてはならないと律していたのに。
「用は済んだな? もう帰りなさい」
少し気まずくて背を向けると、背後で堤が問いかけた。