「ねえ、これの色違い、なかったっけ?」

「はい、すぐに」

言われた布の、色違いの反物を引き出して彼女の元へすっ飛んでいく。

「ありがと」

無言で千明希さんは考え事をしだし、その間に薬の準備をした。
朝昼晩と彼女は飲んでいる薬があるが、時間の観念が狂っているのでよく飲み忘れる。

「千明希さん、薬の時間です」

「もうそんな時間?」

驚いたように手を止め、千明希さんは苦笑いした。

「そう。
じゃあ、お昼にしましょう?
なにが食べたい?」

「そうですね……」

今日は食べる気があるらしくてよかった。
集中が過ぎて、薬だけ飲んで食べない日だってあるから。
それでも、私が来てからましになったらしい。

私の仕事はとにかく、千明希さんの身の回りの世話。
きっと私なら気に入られるから大丈夫だと池松さんは言っていたが、確かに気に入られて可愛がってもらっている。


今日は早く終わったので、池松さんのうちに行く。
晩ごはんの買い物を済ませていったけれど、池松さんはまだ帰ってきていなかった。

「今日は遅いのかな……」

もらっている合い鍵で中に入り、ごはんの準備をする。
ちょうどできあがった頃、池松さんが帰ってきた。

「ただいまー」

「おかえりなさい」

「いい匂いがするな」

ちゅっ、池松さんの唇が私の唇に触れる。
離れると、目を細めてふふっと笑った。

「今日はあじフライかー」

「お魚屋さんがいいあじが入ったって言ってたので」

テーブルに着き、池松さんがひとくち食べるのをドキドキして待った。

「うまいな」

もう、笑ってそう言われるだけで、一日の疲れが吹っ飛ぶ。
たわいのない話をしながら、今日もふたりでごはんを食べた。
池松さんは家に帰って、誰かが自分のためにごはんを作って待っていてくれるのが凄く嬉しいらしい。

――世理さんと結婚してから一度も、そんなことはなかったから。

新婚時代ですら、世理さんは仕事と男関係が忙しくて家にいなかった。
毎日、誰もいない家に帰り、ひとりでごはんを食べていた池松さんを想像すると、苦しくなる。

でもそれでも、池松さんは世理さんを愛していた。
世理さんも、十三年も池松さんとの夫婦関係を続けたのに、どうしていまさらだったんだろう。

「明日は休みだし、泊まっていくだろ」

「そうですね」

池松さんはそう言っているけれど、次の日が休みだろうと仕事だろうと、家に行った日は絶対泊まる。
ただ、なにか理由をつけないと、池松さんの気持ちに折り合いがつかないから。