おじさんは予防線にはなりません

「……たぶんだいぶ前から、羽坂が好きなんだと思う」

「え?」

「ほら焼けたぞ、食え!」

私に聞き返されないようにか、焼けたお肉をお皿に入れてくる。
気になりながらも、それを口に運んだ。

「……でも、離婚が成立したからなんて割り切れないし」

「……」

もそもそとお肉を食べながら、池松さんはぼそぼそと話している。

「……しかも離婚を言いだしたのは世理だし」

「……」

これは、池松さんも私を想ってくれているということでいいんだろうか……?
けれど、いままでのことからまだ気持ちの整理がつかないだけで。

「……きっと、羽坂を待たせると思う。
それでいいなら、……待っていて、ほしい」

池松さんの姿が滲んでいく。
これは煙が目に染みるから?
なんだか胸がいっぱいで箸を置いた。

「羽坂?」

「なんでもない、です。
……あ、ジョッキ、もう空ですよね?
なに飲みますか?
ビールでいいですか」

慌てて鼻を啜り、笑って誤魔化す。

「そうだな」

眼鏡の下で、眩しそうに目が細められた。



タクシーで家まで、池松さんは送ってくれた。

「近いうちに連絡するから」

「はい、よろしくお願いします」

再就職先は、池松さんに紹介してもらうことにした。
私は――池松さんを待つと決めたから。

「羽坂」

ちょいちょいと池松さんが手招きする。
顔を寄せると、……ちゅっと一瞬だけ、唇が触れた。

「おやすみ」

「……おやすみな、さい」

ぼーっとタクシーを見送る。
見えなくなってようやく我に返った。

……池松さんが、キス、してくれた。

奥さんの代わりでないその口付けは酷く甘くて。
きっとこれから、明るい未来が待っていると私に確信させた。