「……池松さんのせいではない、ので。
それにそうだったとしても、池松さんが責任を感じる必要はないので」

つい、目を伏せて視線を逸らしてしまう。
焼き網の上では肉が炭に変わっていく。

「俺は。
……羽坂とこのまま、終わるのは嫌だ」

伸びてきた手が、私の手を掴む。
顔を上げたら真っ直ぐな視線とぶつかった。

「なに、を……」

「まだこのまま、羽坂と繋がっていたい」

「意味が……意味が、わかりません」

手を振り払えばいい、わかっているのにできない。
自分の意思とは関係なく、のどがごくりと唾を飲み込んだ。

「俺は……羽坂を、手放したくない」

肉はとうとう、食べられないほどに真っ黒に焦げてしまった。
池松さんの手が、逃げられないように指を絡めてくる。
じっと見つめるその視線は私を絡め取り、コンマ一ミリも逸らせなかった。

「わがままを言っているのはわかってる。
でも俺はまだ、完全に羽坂との関係を終わらせたくない。
終わらせたく、ないんだ」

池松さんがなにを言っているのか理解できない。
手放したくないだとか、終わらせたくないだとか。
だって、池松さんは世理さんを愛しているから、私の想いには応えられない、って。

「わけがわからないよな。
俺だって、わかららん」

ふっ、泣き出しそうに眼鏡の奥の目を歪め、池松さんは私の手を離した。
そのまま、ジョッキに残っていたビールをごくごくと一気に飲み干す。

「ただ、……このままもう、羽坂と会えないのは嫌だと思ったんだ」

ぼそっと呟いて焼き網の上へ箸を延ばす。
けれどすべて炭に変わっていると気づいて、苦々しそうに眉をひそめた。

「でも羽坂は、もう俺になんか会いたくないよな。
なら、仕方ない」

ぽいぽいと炭になってしまった肉を皿の上に上げ、新しい肉を焼き網の上に池松さんはのせた。

「……それ、は」

「うん?」

「私に少しでも、可能性があると思っていいんですか……?」

「そう、だな。
……離婚届は出したし」

目を伏せて私から視線を逸らし、池松さんは肉をひっくり返した。

「私は、池松さんを諦めなくていいんですか……?」

「そう、だな」

池松さんはじっと、焼ける肉を見つめている。
私もじっと、それを見つめた。

「俺は……」

そこで言葉は途切れ、池松さんはそれっきり黙ってしまった。
また、ジュージューと肉の焼ける音だけがふたりの間に響く。
ただ、さっきと違うのは、今度は肉が焦げないように池松さんはこまめにひっくり返していた。