池松さんはエレベーターの扉を見つめたまま、私の方を見ない。
これはいったい、どういうことなんだろう。

「どうだ?」

「そう、ですね。
……なら」

きっと、もう二度とこの人に会うことはない。
だったら最後にもう少しだけ、想い出を作らせてもらってもいいよね?

「よし、決まりだ」

チン、エレベーターが到着して扉が開く。
私の荷物を取って池松さんはエレベーターへ乗り込んだ。



池松さんが私を連れてきてくれたのは、いつか大河も一緒に連れてきてくれた焼き肉店だった。

「あの……いいんですか、ここ」

「羽坂の送別会だからな。
かまわない」

おしぼりで手を拭きながら池松さんはにかっと悪戯っぽく笑った。

「まずは。
いままでありがとう。
お疲れ様」

「ありがとうございます」

カツン、軽くジョッキをあわせて乾杯する。
ごくごくと一気にビールを飲む池松さんを、ぼーっと見ていた。

「どうした?
飲まないのか?」

「そう、ですね」

私もジョッキに口をつける。
すきっ腹にビールが染みて、悪酔いしそうだった。

「とりあえず食おう。
な」

「はい」

どんどん、お肉を焼き網の上へ池松さんはのせていく。

「次の仕事は決まったのか」

「まだです」

視線は焼き網の上、彼は私と目をあわさない。
私も焼き網の上のお肉を見ていた。

「当てはあるのか」

「そう、ですね……」

当てなどない。

早津さんは自己都合の退職とはいえ事情はわかっているので、できるだけ尽力すると入ってくれた。
けれどそうそう簡単に見つかるはずもない。

「ないなら俺に、紹介させてくれないか」

「え?」

思わず、顔を上げる。
レンズの向こうから池松さんがじっと私を見ていた。

「羽坂が辞めるのはその、……俺のせい、だろ。
だったら次の勤め先、紹介させてほしい」

池松さんは私から視線を逸らさない。
ジュージューと肉の焼ける音だけがふたりの間に響く。