しーん、辺りが静まりかえる。
誰ひとり微動だにしない中、村田さんだけはぷるぷると小さく震えていた。

「なによ、その口のきき方!」

村田さんの手が振り上がる。

――バシッ。

痛そうな音が響き、村田さんはその場に蹲った。

「おとなしく叩かれるなんて思わないでくださいね」

振り下ろされた村田さんの手は、私がガードしたファイルによって阻まれた。
固い表紙を思いっきり叩けば、それは痛いだろう。

「……ううっ」

小さく呻きながらコピー機に行き、村田さんはごそごそしだした。
それを無視して仕事を再開する。
周囲はまだ、こちらをうかがっているようだった。

「……どうやったらいいのかとか、わかんない」

ぐすっ、小さく村田さんの泣き声が聞こえてきて、はぁっとため息をついて立ち上がる。

「やって差し上げましょうか」

「お願い……します」

カバーを開けて詰まっている紙を取れってメッセージが出ているのに、それすらわからないなんていままでこの人は、なにをやっていたのだろう?

いや、こうやって派遣に威張り散らしていたから、こうなったんだろうけど。

詰まった紙を取り、すぐにコピー機は正常に動きはじめた。

「皆さんも忙しいと思いますが、派遣だって忙しいんです。
雑用を全部、派遣に押しつけないでください。
これは、私からのお願いです」

くるっと振り返り、事務所の人間に向かってあたまを下げる。
ほとんどの人間がばつが悪そうに目を逸らした。

「羽坂が言うことはもっともだ。
自分でできることは自分でやれ」

池松さんの声で、ますますみんなの肩が小さくまるまる。

もう辞めるからこそ、やっとはっきり言えた。
これで私のあとに来る人が、少しでもいい環境で仕事ができるようになったらいい。



あっという間に半月は過ぎ、――退職の日が、やってきた。

「半年と短い間でしたが、お世話になりました」

起きるまばらな拍手に苦笑いしかできない。
ここにはじめてきた日も同じだった。
不安で不安でしょうがない私に、声をかけてくれたのは、池松さんだった。
あれからいろいろあったけれど、今日で全部おしまい。

「羽坂」

荷物ともらった花束を抱えてエレベーターを待っていたら、池松さんが並んで横に立つ。

「今日、これから予定はあるのか」

「ない、ですけど……」

「なら、送別会をしないか。
……ふたりで」