「ありがとうございます」

「うん、じゃあお店、考えとくね」

井村さんがいなくなり、シュレッダー掃除の続きをはじめる。
彼女だけじゃなく、何人かが私に声をかけてくれた。
辞めるのが残念だ、って。

少ないながらもここでの私の仕事を認めてくれる人がいて、嬉しい。

午後からも仕事をしていたら、ドスッと誰かが隣に座った。
そーっと視線を向けると、大河が座っている。

「……辞めるんだ」

「……うん」

右手で頬杖をつき、大河は私と視線をあわせない。

「それって、……オレのせい?」

「違うよ」

「じゃあ、……池松係長のせい?」

左手に頬杖をつき代え、じっと私を見る。

「……ううん」

否定しながらもつい、視線を逸らした。
はぁっ、大河の口から短くため息が落ちる。

「詩乃がドMなのは知ってたけど、ここまでだとは思わなかった。
なんでそんな、つらい道ばかり選ぶの?」

「……わかんない」

私だってわかっている。
大河を選んでいれば、こんなにつらい思いはしないですんだって。

でも、無理だった。

「オレはもう知らない。
詩乃はひとりで、破滅の道を歩むといいよ」

「そう、だね」

椅子を立って大河が去っていく。
引き留めるならいましかない。
これが、大河が私に与えてくれた、最後のチャンスだから。

でも私は、指先すら動かせずに、その背中を見送った。

莫迦な女だと思う、自分でも。
一ミリの可能性もない男を想って、自分を幸せにしてくれる男を振るなんて。

無意識に、耳のピアスを触っていた。
自分に嘘はつかないと、決めた証。

このピアスに誓って、大河に縋るなんてできない。


退社の日は一日、一日と近づいてくる。
池松さんは私が辞めることについて特になにも言わなかった。
もしかしたらほっとしているのかもしれない。

「コピー、詰まった。
どうにかして」

高圧的に村田さんが見下ろしてくる。
その姿にはぁっと小さく、ため息をついた。

「なによ、そのため息」

生意気だ、とばかりに睨まれたが、気にせずに勢いよく立ち上がる。

「よっぽど忙しいんじゃないならコピー機のトラブルくらい、ご自分で解決してください。
派遣はあなた方の小間使いじゃないんです」