――理由。

いまだってまだ、思いつかない。
いっそ、早津さんが言っていたみたいに田舎に帰るとか言うか。
けれどそれだと今後、仕事を紹介してもらうのに支障が出る。
かといって正直に話すわけにもいかない。

「羽坂さん?」

「えっ、あの、その。
……彼氏と、別れて」

我ながら、なんてことを言っているんだと思う。
が、これで乗り切るしかない。

「その、マルタカの社員さんと付き合っていたんですが最近、別れて。
あ、別に彼と同じ職場に居づらいとかじゃないんです。
彼ももう、ただの同じ職場の人として接してくれますし。
ただ……」

「ただ?」

「周りの人が彼を振った極悪人だと、当たってくるんです。
それで、居づらいなー……って」

布浦さんをはじめ数人が、八つ当たり的に私に当たってくるのは事実だ。
でももうそういうのは慣れっこだし、池松さんもフォローしてくれるから問題ない。
けれどこれしか、理由が思いつかなかった。

「またですか」

「また?」

とは、どういう意味ですか。

「あそこ、本人には全く問題がないのに、周りが男女関係のいざこざをすぐ起こすんですよ。
それでいっそ、男性を派遣したら……ともやってみたんですが、それはそれで……。
失礼しました、つい愚痴を」

早津さんはよほど、マルタカで苦労をしているらしい。
私に愚痴を漏らすほどだなんて。

「わかりました。
契約延長は破棄、今月いっぱいで辞めるということで手続きしておきます」

「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

とりあえず、マルタカを辞められそうでほっとした。



私が辞めるという話は、あっという間に広まった。

「ほんとに辞めるの!?」

バックヤードでシュレッダーの掃除をしていたら、井村さんから声をかけられた。

「はい」

「もしかしてやっぱり、……あれ?」

言いにくそうな井村さんに苦笑いで返す。

「まあそれもありますけど……。
個人的な理由、です」

「ごめんねー、なにもできなくて。
あの人たち、全然人の話を聞かないから」

井村さんはすまなさそうだけど、悪いのは彼女じゃない。

「でも残念。
羽坂さんには長くいてほしかったのに。
しかもこんなに急とか、送別会もできないし。
そうだ、辞める前に一緒にランチに行こう?
それで、送別会」