おじさんは予防線にはなりません

「あ、すみません!」

あの日と同じで、ダイニングのテーブルの上には朝食が並んでいる。
ご飯にお味噌汁、塩鯖と切り干し大根を煮たの、それに玉子焼き。

「いただきます」

ふたりとも、黙々と朝食を食べた。
どっちも言いだす機会をうかがっている。

「あの」

「なあ」

口を開いたのは、ふたり同時だった。

「あ、池松さん、お先にどうぞ」

「いや、羽坂が先に」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

こほん、小さく咳払いして椅子に座り直し、姿勢を正す。

「昨晩のことは一夜限りのあれだったってことで、忘れてください」

酔った勢い、心が弱って誰かに慰めてほしかったから、そう片付けてほしかった。

じゃないと私が、つらくなる。

「羽坂はそれで本当にいいのか」

じっと、池松さんが私を見つめる。
真っ直ぐなその視線に、目は逸らせない。

「はい。
池松さんもその方がいいですよね」

「俺は……そうだな」

ふっ、私から視線を逸らし、池松さんはまた、食事を再開した。

「池松さんはなんだったんですか」

「俺か?
俺はもう、いい。
それより早くメシ食わないと、遅刻するぞ」

「えっ、もうそんな時間ですか!?」

慌てて、残りのごはんを食べる。
なにか誤魔化された気がしないでもないけど、それ以上聞けなかった。



出社して、いつも通りに仕事をこなす。
池松さんがいない時間を見計らって、本多課長のところへ行った。

「本多課長。
お話があります」

「……なんですか……改まって……」

相変わらず本多課長は、書類とカタログの壁の向こうで、ぼそぼそと話した。

「今月いっぱいで辞めさせてください」

「はいっ!?」

彼にしては珍しく、弾かれたように椅子から立ち上がる。
目はこれ以上は無理なんじゃないかというくらい、大きく開かれていた。

「いま、なんと?」

「今月いっぱいで辞めさせてほしいんです」