その日、池松さんの様子はどことなくおかしかった。
さっきから私の隣に座って、ぼーっとしている。

「池松さん?」

「ん?
ああ」

慌ててなんでもないような顔をしているけれど、あきらかに変。

「どうか、したんですか」

「んー?」

池松さんはなにかを悩むかのように、手の中でパインアメを弄んでいた。

「その、私でよかったらお話、聞きますよ?
お力にはなれないかもしれませんが」

「んー」

なおも池松さんはパインアメを弄び続けている。
本当に、どうしたんだろう。

「その、さ。
妻が、出ていったんだ」

ぽいっと弄んでいたパインアメを口に放り込んだ池松さんの口調は、「今日、晴れなんだ」というくらいの感じだった。

「え……。
あの、でも、それっていつも……」

「離婚届、置いていった」

池松さんが困ったように笑う。
私はそれ以上、なにも言えなくなった。

「いつか、こんな日が来るんじゃないかとは思ってたけど。
いざ来ると堪えるな……」

ははっ、小さく池松さんの口から笑いが落ちた。
こんなとき、気の利いたことが言えない自分が憎らしい。
こんなに池松さんは弱っているのに。

「飲みに行きましょう!」

「……は?」

池松さんの目が、思いっきり見開かれる。

「その、飲んで忘れるとか無理かもしれませんが、気は紛らわせます。
だから」

「……羽坂は、優しいなー」

「優しくなんかないです。
池松さんが離婚の危機なら、あわよくばとか考えてるんですから」

「それでも。
ひとりでいるよりずっといい」

眼鏡の奥で、目が泣き出しそうに歪む。
その顔に、胸がきゅーっと締め付けられた。



夜、池松さんは個室のしゃぶしゃぶ店に連れてきてくれた。

「若い子には肉だろ」

池松さんはそう言って笑っているけれど。

「あの。
池松さんを励ますためなんで、池松さんの好きなお店でいいんですよ」

「俺が付き合わせてるんだからいいんだ」

池松さんがいいのなら、いいのかな……?