おじさんは予防線にはなりません

翌日、こわごわ出社した。
すでに来ていた大河はちらりとだけ私を見て、なにも言わない。

「おはよう、羽坂」

「うわっ。
……おはようございます」

いきなりバンと背中を叩かれ、振り返ると池松さんが笑っていた。

「どうした?
朝メシ、食ってないのか。
ほら、これでも食え」

「はぁ……」

ころん、いつものパインアメが手のひらの上にのせられる。

「朝メシはちゃんと食わなきゃダメだぞ」

「はぁ……」

困惑している私を無視して、池松さんは自分の机に行って仕事の準備をはじめた。
私ももらったパインアメを机の上に置き、パソコンを立ち上げる。

そのうち朝礼がはじまり、いつも通りの仕事がはじまる。
今日は月末だから、締め作業が忙しい。

「……これ、よろしく」

後ろから声をかけられ、振り返る。
そこには大河が立っていた。

「……はい、確かに」

差し出された領収書を受け取り、短く頷く。

「……じゃ」

たったそれだけで大河は外回りに出ていった。
バッグを掴む大河の左手薬指からは――指環が、消えていた。

……外したんだ。

大河には私を忘れて幸せになってほしい。
私にこんなことを願われては、迷惑かもしれないけれど。



それぞれにいろいろな感情を抱えながら、表面上は何事もなかったかのように過ぎていく。

でもそれでいいと思った。
このままこの関係が続けばいい。

けれどそんな私の願いを嘲笑うかのように――世理さんがいなくなった。