「ねー、羽坂と別れたんだったら、私と付き合お?」

布浦さんは大河にしな垂れかかっているけれど、職場で、しかも仕事時間中にそんなことができる神経がわからない。

「……布浦に関係ないだろ」

大河が、地の底に響くような声を出し、自分の肩の上にのる布浦さんの手を邪険に振り払った。

「えー、なんでー?」

この期におよんでまだ、布浦さんは笑っている。

「オレが誰と別れて誰と付き合おうと、布浦には関係ないだろ!
絶対にオレはお前とは付き合わないんだから!」

大河の怒号が響き、辺りはしーんと静まりかえった。

「あ……。
オレ、外回り出てきます」

そのまま大河は慌ただしく出ていった。
ぴくぴくと引きつった笑顔のままの布浦さんを残して。
でもよかった、今日、一緒の職場にいるなんて私も――大河も、耐えられなかったはずだから。



仕事が終わり、近くのコーヒーショップへ池松さんから呼びだされた。

「これはプライベートな質問だから、答えたくなければ答えなくていい。
……宗正と別れたのか」

僅かな間の間に、眼鏡の奥の瞳が数度揺れた。

「……はい」

付き合っていなかったのだから、正確には別れたわけじゃない。
けれど恋人ごっこを終わらせたのだから、別れたといっても間違いない。
それに、池松さんをはじめ周りの人間は、私たちが付き合っていると信じていたのだからなおさら。

「……俺のせいか」

黙って首を横に振る。

「でも俺が昨日、軽率に羽坂を家に泊めたりしたから……」

きっかけは池松さんでも、この関係に終止符を打ったのは私自身だ。
彼が責任を感じることはない。

「違うんです」

「羽坂?」

「私が、池松さんを好きだから」

「……っ」

苦しげに池松さんの顔が歪む。
困らせるつもりはない。
ただ、私の気持ちを知ってもらいたかった。

「昨日キスしたの、酔ってたからじゃないです」

「だからあれは……」

「なかったことになんかできません。
私は池松さんが好きだから、池松さんとキス、したかったんです」

池松さんはなにも言わない。
私も黙ってコーヒーを啜った。

「……俺には」

ずいぶんたってぼそっと、池松さんが呟いた。