「やっぱり詩乃、無理矢理オレのものにするしかないのかな……」

ゆっくりと大河の顔が近づいてきて唇が……重なった。

「……!」

無理矢理唇をこじ開けられ、舌をねじ込まれる。
反射的にその舌を噛んだ。

「いっ!」

離れた大河が恨みがましく睨んでくる。
けれど私は口紅が落ちるなんてかまわずに、何度も唇をごしごしとこすった。

「私はっ、池松さんが好き、だからっ。
片想いでかまわない。
だから、大河を好きになれないっ」

目からは勝手にぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
大河はただ、なにも言わずに突っ立っていた。

「だから、ごめん!」

左手薬指の指環を抜き、大河へ差し出す。
受け取ろうとしない彼の手に無理矢理それを握らせた。

「本当に、ごめん!」

後ろも振り返らずに、その場を逃げだす。
大河は追ってこないどころか、なにも言わなかった。

「おっと」

泣いている顔なんて人に見られたくなくてトイレに駆け込もうとしたら、ちょうど出社してきた池松さんとぶつかった。

「……どうした?」

一気に、池松さんの表情が険しくなる。

「なんでもない、です。
ちょっと目に、ゴミが入って」

「宗正と喧嘩でもしたのか」

人が笑って誤魔化そうとしているのに、核心を突いてくる。

「だから、なんでもないですって」

「俺が、言ってやる。
昨日の夜はなにもなかったんだって」

「池松さん!」

私が駆けてきた方向へ一歩踏み出した彼は、足を止めて振り返った。

「なんでもないんです。
なんでもない、ですから」

必死に、袖を引いて引き留める。
いま、池松さんが出ていけば、よけいにややこしいことになる。

「……羽坂が、いいのなら」

「はい」

しぶしぶ、だけどやめてくれてほっとした。


仕事中、みんなちらちらと私と大河をうかがっていた。
大河の指環はそのままだったけど、――私の指環が、消えていたから。

「大河ー、羽坂と別れたの?」

布浦さんの無神経な猫なで声が響き、その場のいた全員の背中がぴくりと震えた。

「……」

じろっ、大河が怒りをあらわにして睨んでいるのに、布浦さんが気づく様子はない。