「もう出る」

「いいじゃない、渉に送らせるしー」

はぁっ、小さく池松さんの口からため息が落ちた。

「わかった。
手早くしてくれ」

池松さんが家の中へ戻っていくから、私も一緒に行く。
寝室ではごそごそと音がしていた。

「お待たせー。
これ、私が使わないので悪いんだけど。
よかったら使ってくれる?」

世理さんから渡された紙袋の中には、さっき私が使った化粧品と同じラインのものが山ほど詰まっていた。

「いえ、そんな!」

「いいの、いいの。
どうせ使わないし、それに和佳の彼女だったら……私のなんになるんだろ?
ねえ、和佳?」

「……知るか、そんなの」

はぁっ、再び池松さんの口からため息が落ちる。
彼は怒っているというよりも、完全にあきれていた。

「とにかく。
よかったら使って?
ね」

「はぁ……。
じゃあ、遠慮なくいただきます」

押しつけられた紙袋を受け取る。
世理さんはこの場に似つかわしくないほど、にこにこと笑っていた。

会社までは待っていた、世理さんの彼氏の渉さんが送ってくれた。
世理さんは着替えを取りに帰ってきただけらしい。

それはいい。

でも旦那を自分の浮気相手に会社へ送らせる、世理さんの神経がわからない。

「そうそう、この間、旅行に行ったときに羽坂さんに会ったのよ。
……あれ?
でもあのとき、彼氏と一緒じゃなかったっけ?」

はぁーっ、池松さんの口から落ちるため息は苦悩で重い。

「……だから。
羽坂と俺は付き合ったりしてない」

「そうなの?
でも、和佳が羽坂さんを見る目……」

「世理!」

珍しく池松さんが大きな声を上げ、一瞬にして車内が静かになる。
ただ、カーステから静かな洋楽だけが流れた。

「……ごめん」

「いや、俺も悪かった」

そのあと会社に着くまで、誰も口を開かなかった。


会社の裏で車を降りる。

「あ、今度、東京コレクションでヘアメイクの仕事が取れたの。
よかったら来てね」

「ああ」