布浦さんは自分の要求が通って満足したのか、機嫌よく売り場へ消えていった。

はぁーっ、もう癖になっているため息をついて椅子に座り、少しのあいだ、どっぷりと沼に浸かる。

……気をつけてって自分が前方不注意だっただけだよね。
私が急に目の前に飛び出してきたんじゃないんだし。
間に合うよねって、間に合っていないですよね。
もしかして、私と違うカレンダー、見てますかー?

心の中で愚痴を吐き出し、一度大きく深呼吸して俯いていた顔をあげる。
こんなことでくよくよしていたら、ここではやっていけないのだ。

あとで知ったが、ここは派遣社員がすぐに辞めることで有名な部署らしい。
もって一ヶ月、早いと一日。
病んで辞めた人もいるという話だが、その理由はよくわかる。

「おーい」

「はいっ!?」

いきなり隣から聞こえた声に驚いて視線を向けると、隣の椅子に池松さんが座っていた。

「なに百面相やってるんだ?」

いつものように後ろ無期に座った椅子の背もたれに両腕を乗せ、にやにや笑っている池松さんにはムッとはするが、別に嫌ではない。

「見てたんなら早く声、かけてくださいよ……」

じっと見られていたなんて、変な顔をしていたんじゃないかと恥ずかしくなってくる。

「だって羽坂、じーっと考え込んでて俺に気づかないんだもん」

「……」

ううっ、自分の世界に入りすぎて池松さんに気づかないなんて恥ずかしすぎる……。

「それで君、……なにやってるんだ?」

眼鏡の下の眉を寄せた池松さんから、潜った机の下をのぞき込まれた。

「穴を掘って埋まりたいですが、穴は掘れないので机の下に……」

「……ぷっ。
はは、はははっ、ははっ」

吹き出したかと思ったら池松さんが凄い勢いで笑い出すから、ますまずイジケて膝を抱えて堅く丸くなった。

「羽坂って案外、おもしろいっていうか可愛いのな!」

笑いすぎて出た涙を人差し指でフレームを押し上げるようにして池松さんが拭う。
さりげなく可愛いなんて言われると、知らず知らず頬に熱が上っていく。

「ほら、出ておいでー。
羽坂ちゃーん。
ん?
はーちゃんがいいか?」

猫か小さい子供扱いされているのは腹が立つが、どうでもいいことに真剣に悩んでいる池松さんがおかしくて、机の下から這い出た。

「……こほん。
それで、なにか用だったんじゃないですか」

椅子に座り直し、まだ熱い顔を誤魔化すように小さく咳払いする。