昨晩のことなど洗い流すかのように、ごしごし身体をこすった。

「シャワー、ありがとうございました……」

池松さんの出してくれた服は、奥さんのだと言っていたが私にぴったりだった。

「おう。
化粧もするだろ?
鏡台の上に適当に並べておいたから、使ってくれ」

「ありがとう、ございます……」

寝室の鏡台の上には、未使用の化粧品がいくつも並べてあった。

「これ、けっこうお高い奴だけどいいのかな……」

いいもなにもすっぴんで会社へ行くわけにはいかないし、仕方ない。
化粧品を借りてメイクを済ませる。
私が再び寝室から出る頃には、いい匂いが漂っていた。

「化粧品、ありがとうございました。
その、あれ……」

「ああ、いいんだ。
妻はいつも、買うだけ買って使わないから。
気に入ったのがあるなら、持って帰っていいぞ」

「はぁ……」

本人の了承なく持って帰っていいのだろうか。
いや、よくない。

「朝メシ、食うだろ」

「……はい」

勧められてダイニングの椅子に座る。
テーブルの上にはごはんにお味噌汁、それに焼き鮭と玉子焼き、ほうれん草のおひたしと、まるで旅館の朝ごはんのような食事が並んでいた。

「いただきます」

お味噌汁は出汁がよくきいていて、飲み過ぎた翌朝の身体に染みる。

「その。
……昨日」

「ああ。
住所聞く前に君が酔い潰れて寝落ちしてしまったから」

「でも、あの」

あの、キスは?

聞きたいけれど口からは出てこない。

「君が寝落ちしたから仕方なく、うちに連れてきた。
それだけ、だ」

真っ直ぐに池松さんが私を見つめる。
それ以上、なにもなかったんだと私に認めさせるように。

「……はい」

「うん」

私が頷き、池松さんもそれでいいんだと短く頷いた。
沈黙が辺りを支配する。
それに耐えられなくて、口を開いた。

「あの。
奥さん、は」

「さあな。
どっかの男のところにでも泊まってるんじゃないか」

なんでもないかのように池松さんはずっ、とお味噌汁を啜った。

「あ……。
すみま、せん」