「なんれ大河を呼ぶんれすか……?」

「宗正は君の彼氏だろ。
彼氏に送ってもらった方がいいに決まってる」

「なんれそんなこと、言うんれすか……」

それでいいと思っていたはずなのに、池松さんが大河を私の彼氏だと信じているのが悲しかった。
知らず知らず、涙が出てくる。

「ちょ、羽坂、なんで泣いてる!?
泣き上戸、なのか!?」

突然私が泣きだし、池松さんはおろおろしていた。

「池松係長、なに羽坂さん泣かせてるんですか」

傍にいた井村さんに突っ込まれ、うっと池松さんが声を詰まらせた。

「酔ってるんだよ、羽坂は。
ちょっと送ってくるからあと、頼むな」

「了解です。
……羽坂さん、じゃあねー」

てきぱきと私の荷物をまとめ、井村さんは池松さんに渡している。
無理矢理靴を履かされ、店を出た。

「なんれ池松さんは、大河が私の彼氏とか言うんれすか」

「だって、そうだろ」

エレベーターを待っている間も、いじけて池松さんに絡み続けた。

「大河は私の彼氏じゃないれす」

「……」

チン、エレベーターが到着し、一緒に乗り込む。
中はふたりっきりだった。

「私が好きなのは……」

じっと、顔を見上げる。
レンズ越しに一瞬だけ目のあった池松さんは、すぐにすーっと私から視線を逸らした。

それがさらに、私をムキにさせる。

そっと腕を伸ばして、その首に絡めた。
背伸びをして、薄い唇に自分の唇を重ねる。

「……池松さん、れす」

私を見下ろす、眼鏡の奥の瞳は揺れていた。
なにも言わない彼が悲しくて、もう一度、唇を重ねる。

やはり、反応はなにもない。

諦めて離れようとした瞬間。

「……!」

ぐいっ、池松さんの手が、私の腰を抱き寄せた。
チン、一回に到着したエレベーターのドアが開く。

けれど彼は離れなかった。

唇を割ってぬめったそれが入ってくる。
口の中はすぐに酒臭い吐息で満たされた。

誰も乗ってこないまま、ドアが閉まる。
狭い空間に熱が籠もっていく。

「……」

ようやく唇が離れ、池松さんを見上げた。
そっと彼の手が、私の頬を撫でる。

「……誘った羽坂が、悪い」