おじさんは予防線にはなりません

「おみやげ、です」

「おう、気を遣わせて悪いな」

池松さんの、眼鏡の下の目尻が下がる。
その笑顔に。

……私は、複雑な思いだった。

「どうだった、旅行は」

「楽しかった、です」

あれから、大河とは微妙な空気のままだ。
いや、世理さんに会って、ますます微妙になった気がする。

「宗正はちゃんとしてくれたか」

「……はい」

「……なんか、あったのか?」

さっきから反応がおかしいと気づいたのか、眉をひそめて池松さんが私の顔をのぞき込んだ。

「その。
……奥さんに、会いまし、た」

「あー……」

決まり悪そうに、池松さんは宙を見た。

「誰かと、一緒だったか」

「……はい」

「驚いただろ」

はははっ、乾いた笑いが池松さんの口から落ちる。

「妻は常に、恋をしてないと死んでしまうんだ。
泳いでないと死ぬ、マグロと一緒だな。
だから俺には、止める気がない」

池松さんはなんでもない顔をしているけれど。

「池松さんは本当にそれでいいんですか」

恋をしていないと死ぬなら、池松さんに恋をしていればいい。
世理さんは池松さんの奥さんなんだから。
なのにあんな。

「ああ。
俺はわかっていて妻と結婚した。
それだけ――世理を愛していたから」

「そう、なんですね……」

「だから羽坂が気にする必要はない」

笑った池松さんはどこか淋しそうで胸がずきんと痛んだ。
同時に、さっきの彼の言葉がどこか引っかかっていた。



次の週末は、九月に異動になる人たちの送別会だった。

「……」

隅の席で、女性陣に囲まれている大河をちらり。

「大河、食べてる?」

「食べてるよ」

「あ、ほら。
グラス空いてる。
なに飲む?」

布浦さんに迫られても、大河は淡々と相手をしていた。

「羽坂、飲んでるか」

「あ、はい」