おじさんは予防線にはなりません

ひらひらと手を振る世理さんに、大河は立ち上がって勢いよくあたまを下げた。

「やあね、奥さんだなんて!
お休み取ってふたりで旅行?
あれ、でもあなた、和佳と付き合ってるんじゃなかったっけ……?」

「……付き合ってないです」

そういえばこのあいだ言っていたな、さっさと付き合っちゃえばとか。

「ふーん。
つまんないの」

「世理、失礼ですよ」

黙って話を聞いていた男が、まるで宥めるかのように世理さんに……キスをした。
私も驚いたし、思わず顔を見合わせた大河も目が大きく開かれている。

「あの、奥さん……?」

「世理って呼ばなきゃ返事しなーい」

ぷーっと頬を膨らませて、世理さんは唇を尖らせた。

「……世理、さん。
その方は?」

「彼氏の渉(わたる)。
ひさしぶりに休みが取れたから、ちょっと旅行にね」

唇をきれいな三日月型にした世理さんに、悪びれる様子はない。

「……それって池松係長、知ってるんですか」

陽気な世理さんと違い、大河の声は冷え冷えとしている。

「知ってるわよー。
だって、和佳公認だもん」

楽しそうに世理さんはケラケラと笑っているが、池松さんは本当にそれでいいんだろうか。

「和佳とは高校時代、付き合っててね。
それで同窓会で再会して盛り上がって、勢いで婚姻届を出したの。
そんな風だったから、恋愛に自由でいましょ、って取り決めたの」

甘えるように世理さんが肩に寄りかかり、渉さんはそっと世理さんの肩を抱いた。
そういうのは見ていて本当に愛し合っているんだって思うけれど、……世理さんは池松さんの妻なのだ。
いくら池松さん公認でも。

「だから私が渉と付き合ってるのは知っているし、和佳がたとえば羽坂さん……だっけ。
羽坂さんと付き合おうと問題ないの」

「池松係長は本当に、納得してるんですか」

「してるから、離婚してないのよ」

世理さんの言い分はもっともだとは思う。

しかし……池松さんはそんな世理さんでも愛しているから、離婚していないんじゃないのかな。



帰りの車の中は変な空気だった。

「詩乃は奥さんが浮気してるって知ってたの?」

「ううん。
知らなかった」

知らなかった、けれどこれで奥さんの話題のとき、池松さんの微妙な態度に納得がいく。
確かに仕事のせいもあるだろうが、奥さんが浮気していて家にあまりいないから、スケジュールがわからない。
家事も池松さんがしている。