おじさんは予防線にはなりません

部屋に帰ると、大河はすでに眠っていた。
テーブルの上にはさっき無かったビールの空き缶が一本。

「ごめん大河、ごめん。
もっとちゃんと、大河を好きになるから。
だから次は絶対に大丈夫だから。
だから……ごめん」

寝顔に謝ったって意味がないのはわかっているが、それでも謝りたかった。
当然、大河からの返事はない。
自分の布団に潜りながら――次、なんてあるんだろうか。
そんな不安が一瞬よぎったが、気づかなかったフリをした。



翌朝、大河は昨日のことなんて無かったかのように明るかった。

――明る過ぎた。

それが空元気だって気づいていたけど、私も何事もなかったかのように明るく振る舞った。

「ほら、詩乃、馬に人参あげなよ」

「うん」

観光牧場で動物に餌をあげたり、もふもふのうさぎを抱っこしたりしてはしゃいで忘れる。

「ちょっと休憩しよっか」

「そーだね」

牧場自慢のソフトクリームを買って、座れるところを探す。
空いていたベンチに腰を下ろそうとして、隣のベンチに座っていた人が気になった。

「どうかしたの?」

隣のベンチを気にする私の顔を、大河が不思議そうにのぞき込む。

「どこかで会ったことある人だと思うんだけど……」

私たちと同じように仲良くソフトクリームを食べている男女の、女性の方に見覚えがある気がする。

女性の方も私を気にしているようだし。

赤に近い茶髪のマニッシュショートに、マリンボーダーのニットと白のパンツ。
こんな美人、一度見たら忘れないと思うんだけど……。

ソフトクリームを食べながら、あたまの中のアルバムをめくっていく。
さほどめくらないうちに、目的の人物を見つけた。

「……池松さんの奥さん」

「あーっ、和佳の職場の子!」

私と奥さん――世理さんが声をあげたのは同時だった。

「奇遇ね、こんなところで会うなんて」

「はぁ……」

世理さんは嬉しそうににこにこ笑っているけど……一緒にいる人は誰ですか?
ずいぶん若い、私と同じ年ぐらいにしか見えないんですが。

「詩乃、誰?」

ちらちらと大河の視線が世理さんに向かう。
そりゃ、こんなに美人だったら気になるよね。

「池松さんの奥さんで……」

「世理でーす」

「えっ、池松係長の奥さん!?
いつもお世話になっております、池松係長の後輩の宗正です!」