少し悩んで携帯の画面の上に指を走らせる。

【お疲れさまです。
なんとか無事に終わりました】

早津さんは知っていたはずなのだ、前にいた人も同じ派遣会社からだったって言っていたし。
なのに黙っていたのは騙された気がする。

【それはよかったです。
これからも頑張ってください】

頑張ってくださいって、なんか人事みたいでムッとした。
文句を言ってやろうと再び携帯に指を走らせかけたものの。

【了解いたしました。
頑張ります】

初日で辞めても文句を言われそうにない職場環境だが、どうしてかもう少しだけ頑張ろうと思った。
もしかしたら池松さんが声をかけてくれたおかげかもしれない。



ドン、コピー用紙を補充していると、いきなり後ろにぶつかられた。

無様に尻餅をついて見上げたら、ハンガーラックを引いた新本(しんもと)さんがブラウンのシャドーをつけた目を吊り上げていた。

「気をつけてよね!」

「すみません」

慌てて立ち上がって道をあける。

「事務は暇なんだろうけど、こっちは忙しいんだから!」

新本さんはカツカツと七センチヒールの音を威勢よく響かせて進んでいく。

「キャッ」

私の視界から消えたところで小さく悲鳴があがる。

「そんなとこいたら、じゃま!」

きっと、前なんか見ずに我が道を歩いて行っているんだろう。
でも、そんなことはここでは珍しくない。

はぁっ、ため息をつきつつ机に戻ると、今度は布浦(ぬのうら)さんが待っている。

「いつまで待たす気ー」

人の椅子に座り、机の上にだらしなく置いた腕の上に顎を乗せていた布浦さんは、けだるそうに語尾を延ばした。

「すみません」

「まあいいけどー。
友子(ゆうこ)は心が広いから、待たされたくらいで怒んないしー」

社会人でそんな言葉遣いが許されるのかとは思うけど、ここは治外法権らしく許されるらしい。

「あのさぁ。
これ、まだ間に合うよねー?」

差し出された領収書は、すでに締め日が過ぎたものだった。

「あの……」

「間に合うよねー?」

声は軽い調子だが、布浦さんの目は全くもって笑っていない。

「……どうにかします」

「よろしくー」