「ほら見て、詩乃。
きれいだよー」

促されて窓辺に行く。
窓の外には遠く、さっきの湖が見えた。
さらには湖を取り囲むように緑の山も見えてきれいだ。

「寒い季節になったらね、ここから雲海が見えるんだって。
……いつか、詩乃と一緒に見たいな」

後ろから包み込むように立った大河の手が私の手に重なる。

するりと左手薬指の指環を撫でられ振り返ると、眼鏡をかけたままの大河と目があった。
じっと見つめる茶色い瞳に……ゆっくりと目を閉じる。

「……そういうのは、夜まで取っとく」

ぼそっと囁かれた声に目を開ける。
ちゅっと額に大河は口づけを落として私から離れた。

「眼鏡かけたままキスって、オレ、慣れてないから無様なとこ、詩乃に見せたくないし」

にやっと笑った大河に、私も苦笑いしかできない。

「お風呂、入ってこよ?
ここのお湯、美肌効果があるんだって。
オレのためにぴかぴかにしてきて?」

「……大河のエッチ」

まともに顔を見られなくて俯く。
大河の手が私のあたまをぽんぽんした。


浴場は大きな内風呂と露天になっていた。
外に出ると風が気持ちいい。

「今日、大河と……」

決めてきたのだ、ちゃんと。
だからさっき、自分から目を閉じた。
なのに。

――羽坂。

サーモントブローの奥で、目尻をくしゃっとさせて笑う池松さんの顔がよぎる。

「ううん。
いいんだよ、それで」

迷いを追い出すようにあたまを振り、ばしっと思いっきり、頬を叩いた。


食事のときはなにを話したかよく覚えていない。
ただ、緊張を隠すように無理にはしゃいだ。
きっと大河も、気づいていたと思う。

部屋で、ふたつ並んだ布団に一気に口数が少なくなる。

「もうちょっと、飲む?
ビール、買ってくるけど」

黙って浴衣の袖を引き小さく首を振る。
大河は浮かしかけた腰を元に戻した。

「……大河」

こんなのは、自分からねだっているようで顔をあげられない。

「……うん」

そっと、大河の手が私の頬にふれ、上を向かせる。
問いかけるように見つめる茶色い瞳に、いいんだと目を閉じた。

重なった唇に大河を迎え入れる。

嫌悪感とまではいかないが、気持ちよくはない。
キスしながらゆっくりと、布団へと押し倒された。

「詩乃。
……愛してる」