おじさんは予防線にはなりません

「池松係長!
焦げてますって!」

「おうっ」

大河に急かされて箸を握った池松さんが、ぼそっとなにを呟いたのかまでは聞き取れなかった。



穏やかなお盆がすぎると、……大河との旅行がやってくる。

「お待たせ、詩乃」

車で私を迎えにきた大河は、黒縁スクエアの眼鏡をかけていた。

「おは……よ」

「ん?
あ、もしかして眼鏡似合ってない!?
だから嫌いなんだよ、眼鏡ー」

がっくりと大河はハンドルにもたれ掛かっているが……違うのだ。

「あの、ね。
……眼鏡、似合ってる」

私って眼鏡フェチだったんだろうか、そんなことを考えてしまうくらい、眼鏡の大河にドキドキする。

「……ほんとに?」

なぜか大河は疑いの眼差しで、上目で私をうかがった。

「うん。
眼鏡の大河、かっこいい」

「やったー。
じゃあオレ、ずっと眼鏡かけてるー」

ぱーっと顔を輝かせ、大河は見えないしっぽをぱたぱた振っている。

「乗ってー。
出発するよー」

私が車に乗り込みシートベルトを締めたのを確認し、大河は車を出した。

今日は一泊で旅行だとは聞いているけど、どこに連れて行ってくれるのかまでは聞いていない。
当日のお楽しみだって。
ちなみに眼鏡は、運転するときだけなんだって教えてくれた。

「昼ごはん食べてちょっと散歩したらチェックインするから。
宿は温泉だよー。
楽しみにしてて」

「うん」

エアコンで冷えないように膝掛けとか、反対に暑くて喉が渇かないように飲み物とか、至れり尽くせりだ。
それに車は高速に入ったけれど、トイレを気にしないでいいように、ちょこちょこと休憩も入れてくれる。

――大河が。

この旅行に勝負をかけているのはわかっている。
だから私も……そのつもり、だった。


大きな湖を中心に広がる温泉地に入ると、大河は適当な駐車場に車を預けた。

「眼鏡はかけていこーっと」

私と手を繋いで顔をのぞき込み、眼鏡の奥で大河はにっこりといたずらっぽく笑った。
その笑顔にやっぱり、胸がドキドキする。
私は眼鏡フェチじゃないはずだけど……でもこれは、これでいいんだ、きっと。