おじさんは予防線にはなりません

ぱたぱたしっぽ振り振りの大河は眩しい。
つい、悩んでいることなんて忘れちゃう。

――だからずっとそれで、私は自分を誤魔化しているって自覚もあるけど。

でもいまは。

――忘れて焼き肉、楽しもう。

「でも意外だったな。
まさか宗正が羽坂が付き合うなんて思ってもなかった。
しかも、結婚まで考えてるなんて」

池松さんは新しいお肉をお皿から焼き網の上にのせた。
さっきから結婚、結婚と言っているが、池松さんの中では私と大河が結婚するって決定事項なんだろう。

「池松係長、なんかオレのこと、誤解してるー。
オレは詩乃みたいに可愛い子が好きなんですよ。
しかも一本、ちゃんと筋が通ってるとか最高じゃないですか。
だから池松係長も詩乃を可愛がってたんでしょ?」

ゴクゴクとビールを一気に飲み干し、大河はがつんとジョッキをテーブルの上に置いた。
じっと池松さんを見つめる大河に一瞬、その場がしんと静まり返った。

「まあな」

じゅーじゅーと肉の焼ける音だけが響く。
まわりの喧噪はまるで、遠い世界の出来事のようだ。

「前の派遣の子だって、確かに気遣ってましたけど。
ここまで頻繁にメシ誘ったりとかしてなかったですし。
もしかして、詩乃に気、あるんじゃないですか」

大河はきっと酔っている。
だからこんな、池松さんを挑発するようなこと。

「そりゃ、羽坂は可愛いさ。
頑張り屋でうちの社員たちの難癖も堪え忍んで。
そのくせ、愚痴や嫌みも言わない。
可愛がりたくもなるだろ。
……でもな」

言葉を切ってビールを一口飲み、かつんと堅い音を立てて池松さんはテーブルに戻した。
瞬間、ピンと大河の背筋が伸びる。
私も知らず知らず、背筋を正していた。

「人として好意はあるがそれだけだ。
恋愛感情なんてない。
それに俺には妻がいる。
妻以外の人間を愛するなんてあるわけないだろ」

じろり、眼鏡の奥から睨まれ、大河の背中がびくんと揺れる。

「……すみません。
オレ、飲み過ぎてたみたいです」

しゅん、小さく大河の背中が丸まった。
こうやって素直にすぐに謝れるとこ、大河のいいところだと思う。

「ちょっと今日は、羽目を外し過ぎたな」

「本当にすみません」

「わかれば、いい」

なんでもないように池松さんがビールを口に運び、その場の空気がほっと緩んだ。

「うわっ、肉焦げてる!!
ほら詩乃、早く食べて、食べて!
池松係長も!」

慌ててお肉をお皿に入れていく大河に私も箸を取る。
池松さんはビールを飲みながらおかしそうに見ていたけれど。

「……あるわけないんだ」