連れてきてくれたのは、会社近くの焼き肉店だった。
このお店の名前は何度か見たことがある。
経費精算の領収書で。
上得意先を接待のときに連れて行くお店だから。

「その、池松係長、ほんとにいいんですか?」

大河が遠慮がちなのもわかる。
私だってほんとにいいのか気になるもん。

「ああ、ボーナスもらったっておじさんは、こんなときくらいしか使い道がないんだ。
遠慮するな」

「じゃあ、遠慮なく!」

大河の顔がぱーっと輝き、うきうきとメニューを開く。
こういうとこほんと、羨ましい性格をしている。

「羽坂はいいのか?」

「だいたい、た……宗正さんに任せてたら大丈夫なので」

大河、って言いかけて慌てて言い直す。
ここしばらくの付き合いで、大河は私の好みや食べる量を私以上に把握していた。

「宗正を信頼してるんだな。
そういうのは……羨ましい」

少しだけ笑った池松さんは淋しそうなんだけど……奥さんは池松さんを信頼していないんだろうか。

大河が注文をすませ、すぐに飲み物が出てくる。
池松さんと大河は生ビール、私はカシスソーダ。

「んー、羽坂がこれからも長く、勤めてくれることを願って。
かんぱーい」

軽く三人でグラスを合わせたものの、すぐに大河がぶーっと唇を尖らせた。

「確かに、そうなんですけど。
でもそれだとオレ、いつまでたっても詩乃と結婚できなーい」

大河の口から出た二文字に、手がびくっと反応してしまう。

派遣と正社員の夫婦は社則で同じ職場にいられないと池松さんに聞いている。

それに前に大河は言っていた、このペアリングをただのペアリングにする気はないって。

意味はわかっていても、はっきりと言葉に出されると動揺してしまう。

「宗正が会社を辞めれば問題ないだろ」

「池松係長、酷いですー」

大河が泣き真似し、池松さんはにやにや笑いながらビールを飲んだ。

「まあけど、こんな宗正でもいなくなると、困るもんな」

「こんなって!
こんなって!
酷過ぎるー。
……あ、詩乃、肉焼けてるよ」

しくしく泣き真似していた癖に、急に真顔になって大河は私のお皿にぽいぽい焼けたお肉を入れてきた。

「どんどん食べて、どんどん。
池松係長のおごりだし」

「ほんと君、遠慮がないね」

苦笑いで池松さんはゴクゴクとビールを飲んでいる。
にこにこ笑っている大河に私も笑い返してお肉を口に運ぶ。
でも、大河が頼んでいたのは特上のお肉だったのに、味はあんまりわからない。

「おいしいね、詩乃。
池松係長のおごりだと思うとさらに」