今度こそ、宗正さんは私の手を掴んだまま事務所に戻っていく。
「それで、頼みたいことってなんですか?」
無理矢理自分の席の椅子に座らされ、少しだけ落ち着いた。
「んー、ないよー」
「……はい?」
ふにゃんと気の抜ける顔で笑われ、私のあたまの中にでっかいクエスチョンマークが浮かんでくる。
「詩乃が困ってそうだったからー」
ああもう、褒めて褒めてってしっぽ振り振りで見られると、なにも言えなくなっちゃう。
「……ありがとうございます」
「ご褒美、欲しいなー」
宗正さんの茶色い瞳が、いたずらっ子のようにきらりんと光った。
欲しいご褒美はあとから教えてあげるって言われて、変なことじゃなかったらいいなーと祈りながらいつも通り仕事をこなす。
「羽坂」
声をかけられて視線を向ける。
いつものように池松さんは、後ろ向きで隣の椅子に座った。
「その。
……大丈夫か?」
心配そうにサーモントブローの下の眉が寄る。
きっと気配り上手な池松さんのことだから、さっきの騒ぎは気づいていたのだろう。
「大丈夫ですよ」
笑って答えると、池松さんもほっと表情を緩ませた。
「それからこれは、今後のために確認なんだが。
……宗正と婚約したわけじゃないんだな」
ペアリングの事情は布浦さんの口からあっという間に広がっていた。
当然、池松さんの耳にも入っているはずだ。
「私と宗正さんが婚約したら、どうするんですか」
我ながら、ひねくれた質問だ。
池松さんは仕事のことで聞いているのに。
「社則で正社員と非正社員の夫婦は同じ職場にはいられない。
そうなると、羽坂の立場が悪くなるんだが……」
予想通りの答えなのに、がっかりしている自分がいる。
欲しい答えなんて期待したって無駄なのに。
「心配していただいてありがとうございます。
でも、婚約したわけじゃないので」
「そうか。
でも結婚が決まったときはすぐに言えよ?
羽坂が不利にならないように考えるから」
「はい、ありがとうございます」
いまの私はちゃんと笑えているだろうか。
こんなに……こんなに、胸をかきむしり、悶えるほど苦しい想いを、この人に知られてはいけない。
「それで、頼みたいことってなんですか?」
無理矢理自分の席の椅子に座らされ、少しだけ落ち着いた。
「んー、ないよー」
「……はい?」
ふにゃんと気の抜ける顔で笑われ、私のあたまの中にでっかいクエスチョンマークが浮かんでくる。
「詩乃が困ってそうだったからー」
ああもう、褒めて褒めてってしっぽ振り振りで見られると、なにも言えなくなっちゃう。
「……ありがとうございます」
「ご褒美、欲しいなー」
宗正さんの茶色い瞳が、いたずらっ子のようにきらりんと光った。
欲しいご褒美はあとから教えてあげるって言われて、変なことじゃなかったらいいなーと祈りながらいつも通り仕事をこなす。
「羽坂」
声をかけられて視線を向ける。
いつものように池松さんは、後ろ向きで隣の椅子に座った。
「その。
……大丈夫か?」
心配そうにサーモントブローの下の眉が寄る。
きっと気配り上手な池松さんのことだから、さっきの騒ぎは気づいていたのだろう。
「大丈夫ですよ」
笑って答えると、池松さんもほっと表情を緩ませた。
「それからこれは、今後のために確認なんだが。
……宗正と婚約したわけじゃないんだな」
ペアリングの事情は布浦さんの口からあっという間に広がっていた。
当然、池松さんの耳にも入っているはずだ。
「私と宗正さんが婚約したら、どうするんですか」
我ながら、ひねくれた質問だ。
池松さんは仕事のことで聞いているのに。
「社則で正社員と非正社員の夫婦は同じ職場にはいられない。
そうなると、羽坂の立場が悪くなるんだが……」
予想通りの答えなのに、がっかりしている自分がいる。
欲しい答えなんて期待したって無駄なのに。
「心配していただいてありがとうございます。
でも、婚約したわけじゃないので」
「そうか。
でも結婚が決まったときはすぐに言えよ?
羽坂が不利にならないように考えるから」
「はい、ありがとうございます」
いまの私はちゃんと笑えているだろうか。
こんなに……こんなに、胸をかきむしり、悶えるほど苦しい想いを、この人に知られてはいけない。