「十分じゃないから議題にあがって、次から変更しようって話になったんです!」

だん、また女性が机を叩くと、本多課長はますます小さくなって私の背中に隠れてしまった。

「……で、でも、……外川部長が……」

「外川部長はなにもわかってないんです!
本多課長がどうにかしてください!
それが仕事でしょう!?」

どうでもいいけど私を挟んで言い争うのは非常に気まずいんですが。

「よろしくお願いしますよ!」

「……は、はい」

言いたいことを言ってすっきりしたのか、女性はヒールの音も激しく事務所を出て行った。
そろそろと私の後ろから出てきて、はぁーっと本多課長は重いため息をついた。

「……悪いけど……今日はあと、……このマニュアル……読んでてもらえますか……。
……僕は……体調悪いから……早退するので」

ふるふると震える手で私にマニュアルのファイルを差し出し、書類とサンプルの城壁の向こうへ本多課長は姿を消した。
仕方ないのでマニュアルを読みつつ、電話を取って過ごす。

「大変だね、君も」

気づいたらさっきの男――池松さんがまた、椅子に後ろ向きに座っていた。

「まあ、これでも食いな」

差し出される拳に手を出すと、またパインアメがそのうえに乗せられる。
池松さんはポケットから自分の分を出して、ぽいっと口に放り込んだ。

「本多さん、帰ったか」

「……はい」

教育係が新人をひとり残して帰るとか、許されるのかな。
でも、体調不良だったら仕方ないよね。

「じゃあ、おじさんがそのマニュアルに載ってないことを教えてやろう」

池松さんがにやっと笑い、思わずごくりと唾を飲み込んでいた。
池松さんは私にほんとにいろいろ、……いろいろ教えてくれた。

基本、社員たちは自分の仕事しかしないから、コピー用紙の補充やシュレッダーの掃除、お客さんへのお茶出しや後片付けも派遣の仕事なのらしい。

そして池松さん曰く
「全員カルシウム不足で苛々している」
ので、やっていないと当たられる。

「気の毒だとは思うけど。
もうこれは直らないんだ。
へんな先に来てしまったと諦めてもらうほかしょうがない」

苦笑いの池松さんに私も苦笑いしかできない。
けれど、教えてもらえずに理不尽に当たられるよりも、対処方法を教えてもらえただけ随分ましだと思う。


波乱の初日が終わり、早津さんからメッセージが入ってきた。

【お疲れさまです。
初日、どうでしたか】

どうでしたって、あんな酷い職場だとは思わなかった。
昨日までいた建設会社がすでに懐かしい。