おじさんは予防線にはなりません

――キーンコーン……。

始業のチャイムが鳴りはじめ、張り詰めた空気は緩んでいく。

「ほら、朝礼はじめるぞー」

池松さんの声でいつものように並びながらも、みんなちらちらと私と宗正さんの左手薬指を確認していた。


仕事中、なにか言いたげな視線が無くならない。
特に布浦さんを筆頭に数人からは突き刺さる鋭い視線が送られる。

いやーな予感がしながらシュレッダーのゴミを片づけていると……突然、壁ドンされた。

「……ねえ。
どういうこと?」

間近になった布浦さんの耳元で、ゴールドのチェーンタイプピアスがぶらぶらと揺れる。

「どうと言われましても……」

この指環は宗正さんが私を繋ぎ止めようとする枷のようなものだ。
けれどそんな説明、できるはずがない。
それに……真剣に宗正さんを想う布浦さんに比べ、その気持ちを利用している私は最低だ。

俯いて私が黙ってしまい、布浦さんは腕を組んで苛々とつま先を床に打ち付けた。

「ほんと大河、こんな子のどこがいいんだろ!?」

そんなことは宗正さんに聞いて欲しい。
私だってこんな最低人間の私を、いまだに好きだって言ってくれる宗正さんがわからない。

「詩乃こっちにいるー?」

「……!」

その場に似つかわしくないのんびりした声がして、布浦さんがびくんと身体を震わせる。
そのまま、おそるおそるそこに立った人へと視線を向けた。

「大河、その。
これは、あの」

「オレはなにも言ってないけどー?」

宗正さんがうっすらと笑い、布浦さんはがたがたと震えだした。

「用は済んだんだろ?
早急に頼みたいことがあるんだけど」

「えっ、あの」

私の手を掴み、布浦さんを無視して宗正さんは事務所の方へと踏み出す。

「……あ」

宗正さんが急に足を止めて振り返り、布浦さんはまた怯えたように身体をびくっと振るわせた。

「聞きたいようだから教えてあげるけど。
彼女いるっていうのに媚び売ってくる女に困ってて、これつけるようにしたの。
ただそれだけだから。
……いまのところは」

最後、ぼそっと呟くように言われた言葉が布浦さんに聞こえていないことを祈った。
それでなくてもさっきから、青くなったり赤くなったり大忙しだから。

「いこ、詩乃」

「あっ」