おじさんは予防線にはなりません

私も緊張が解けてぎこちないまでも笑い返す。
宗正さんの唇がふれたのは私の唇ではなく……額だった。

「詩乃の家がわかったからこれでいつでも遊びに来られるし。
今日はもう帰るね」

「あ、うん」

玄関で靴を履きはじめた宗正さんを慌てて追いかける。

「じゃ、月曜、会社で。
あ、戸締まりはしっかりしなよ?
ここはしてても心配だけど」

「……ひど」

「本当に心配なんだよ。
なんかあったら電話して?
すぐに飛んでくるから。
じゃあね」

バイバーイと手を振る宗正さんに振り返す。
ドアを開けて宗正さんが一歩踏みだし、振っていた手をおろしかけた……瞬間。

「……!」

「じゃあねー」

いたずらっぽく笑った宗正さんの顔を最後にドアがばたんと閉まる。
しばらくして携帯の告げた通知音に我に返った。

【詩乃の唇、いただき】

【詩乃の唇ってすっごく柔らかいね】

【ちゃんと戸締まりしなきゃダメだよー】

入ってきたメッセージに、怒りマックスのうさぎのスタンプを送ったのはいうまでもない。



月曜日、会社に行くとどこか空気がざわめいた。
これは以前に経験がある。

――森迫さんに呼び出されたときと同じだ。

まあ、理由はわかるけど。

「詩乃おはよー」

宗正さんの声でざわめきが大きくなる。

「昨日ちゃんと、あれから戸締まりした?」

宗正さんはいたって普通なんだけど……まわりが気にならないのかな。

「し、しましたよ、ちゃんと戸締まり!」

意地悪く口元だけで笑う宗正さんに昨日のあれが思い出される。
不意打ちのキスはまだ、……許してないんだから!

「もしかして、まだ怒ってる?」

「うっ」

くぅーん、そんな音付きで、上目でうかがわれると、言葉に詰まってしまう。

「もう……」

――バン!

「ねえ!」

ため息をつきつつ怒っていないと言おうとしたら、突然、机を叩く大きな音と共に布浦さんに遮られた。

一瞬にして空気が張りつめる。
誰もが布浦さんが口を開くのを固唾を飲んで待っていたけれど。