いつもだって疲れているときは永遠に家に着かないんじゃないかって思う距離だけど、今日は本当に自分の住むアパートに着くのか心配になるほど遠く感じた。

「ここ、だから」

けれどそんな心配は全くの無駄で、ちゃんと築三十年のアパートに帰り着く。

着いたというのに宗正さんが手を離す気配はない。
それにわざわざ送ってくれたのに、このまま帰すわけにはいかないだろう。

「その。
……あがってお茶、飲んでく?」

「いいの?」

「……うん」

わざわざ確認しなくても宗正さんは最初から、その気だったんじゃないだろうか。

――いや。
私もわかっていながら送ってもらったんだから。

階段を二階に上がって、四つ並んだドアの奥から二番目が私の部屋。
ちなみにアパートは二階建てで、同じ建物が二棟、仲良く並んでいる。

「紅茶でいい?」

「いいよー」

宗正さんはベッドを背にローテーブルの前に座り、きょろきょろと部屋の中を見渡していた。
廊下兼キッチンでお湯を沸かしながら、なにかまずいものでも置いていなかったか心配になってくる。

すぐにシュンシュンとお湯が沸きだし、ティーパックでお茶を淹れる。
悪いがうちにはティーパックの紅茶か作り置きの麦茶しかない。

「どうぞ」

「ありがとー」

それでもアイスティにして出すと、たいしたものじゃないのにこっちが恥ずかしくなるくらい、嬉しそうに見えないしっぽを振り振り宗正さんは笑った。

「詩乃の部屋って可愛いね」

「そう、かな」

自分で入れたとはいえ、宗正さんとふたりっきりとかどうしていいのかわからない。
結局、隣には座れなくて斜め前に座ったし。

「オレ、さ。
いままで詩乃は池松係長が好きだからって遠慮してた。
でも今日、これ、買っただろ?」

宗正さんが見せつけるように指環のはまった左手をあげる。

「……うん」

視線を落とした先に見える私の左手薬指にも、宗正さんと同じデザインの指環がはまっている。

「もう遠慮しない。
オレはこれをただのペアリングにする気はないから。
……覚悟して」

宗正さんが私の方へとにじり寄ってくる。
そっと頬にふれられると、ぶるりと身体が震えた。
茶色い瞳が揺らぎなくまっすぐに私を見つめている。
徐々に近づいてくる顔が怖くて思わず目を閉じた……ものの。

「今日はこれで勘弁しといてあげる」

目を開けると宗正さんは笑っていた。