おじさんは予防線にはなりません

テーブルの上に差し出した右手はプルプルと震えている。
それなのに。

「違うよ、左手」

「え?」

「早く」

戸惑っている私を無視して宗正さんに急かされ、こわごわ右手と左手を交換する。

「オレはそれだけ、本気だってことだから」

ケースからダイヤの付いている方の指環を出し、宗正さんは私の左手の薬指にはめた。

「詩乃にはこの指環を見るたび、思い出してほししい」

残りの指環は宗正さんが自分で同じく左手薬指につけた。

左手が妙に重い。

――自分の犯してしまった過ちが。

「さ、まじめ話はここまでにしよ?
ほら、パンケーキ、おいしそうだよ」

宗正さんが話を切り上げ、ちょうど店員がパンケーキを運んできた。



「今日は楽しかっ、た。
ありが、とう」

いつものように駅で別れながら、つい不自然になってしまう。

「じゃ、じゃあ、また月曜日、会社で、ね」

甘いパンケーキを食べて気持ちを切り替えたつもりでも、どうしてもぎくしゃくしてしまう。
それに宗正さんもさっきから、思い詰めたような顔でずっと黙っている。

「もう、行くね?」

こうなってしまったのは全部、自分が悪い。
自分の都合ばっかりで宗正さんの気持ちなんてちっとも考えられなかった自分が。
はぁっ、心の中で小さくため息をつき、宗正さんに背を向ける。

「ねえ」

一歩踏み出したら、手を掴まれた。
振り返ると宗正さんが真剣に私を見ている。

「今日は家まで送っていったらダメかな」

じっと見つめる茶色い瞳に私は、思わずいいよと返事をしていた。

ひとり分空いていた席に私を座らせ、宗正さんは前に立った。

なにか話した方がいいんだろうけど、なにを話していいのかわからない。
宗正さんも片手は吊革に掴まり、片手はポケットにつっこんで私と目を合わせないようにしている。

微妙に気まずい時間を過ごして電車を降り、改札を抜ける。

「詩乃んちってここからどれくらい?」

駅を出るとさりげなく、宗正さんの手が私の手を握った。

「……十五分くらい」

振り払う気はないが、かといって握り返すことはできない。

「そう。
遅くなったら心配だね」

宗正さんに促されて歩き出す。