おじさんは予防線にはなりません

「詩乃」

改札を出ると宗正さんが私に手を振る。

いつもそう。
絶対、私より早く来ている。

しかし、黒パンツと白のVネックTシャツにグレーのジレを羽織り、大好きなご主人様が来た! って顔で笑われると、眩しすぎて困る。

「待った?」

「ううん、全然。
いこっか」

さりげなく私を促して宗正さんは歩き出した。
必ず私を歩道側にしてくれるし、歩く早さはゆっくり目で合わせてくれている。


映画館ではすでに、宗正さんはチケットを買ってあった。

「あの、お金」

バッグから財布を出そうとしたけれど、宗正さんに止められる。

「いいよ。
代わりにランチ、おごって?」

「はい」

こういうやり方は凄くスマートだ。
宗正さんがモテる理由がよくわかる。
なのにどうして……私は宗正さんを好きになれないのだろう。

そのジレンマはいつも私を悩ませる。

人として、友達として宗正さんに好意を抱いているが、それが恋に変わる様子はない。
宗正さんを好きになればすべてが丸く収まるし、楽になれるのもわかっている。
それでも。

――どうしても宗正さんに恋という感情をもてない。

「ポップコーンとジュースは詩乃が買ってね。
代わりにあとでお茶をおごるから」

「うん」

なんでそうなるのかは理解しているから、反論したりしない。
ポップコーンと私はウーロン茶、宗正さんはコーラを買い、シアターの中に入る。

席に着いてそんなに待たないうちに電気が落ち、予告がはじまった。
私の好きな絵本が原作の映画があるみたいだし、上映がはじまったら宗正さんを誘ってみようかな。

映画は学生結婚したけど早くに亡くなった奥さんをいまでも思い続けるおじさん教授と、おじさん教授に想いを寄せ、絶対に報われないとわかっていながらひたむきにお世話をする女子大生の話だった。

おじさん教授と女子大生の関係は池松さんと私の関係に似ている。
池松さんも奥さんを深く愛しているし、私も池松さんが振り向くことがないとわかっていながら慕っている。

――ただ映画と違うのは。

あちらはおじさん大学教授と女子大生が結ばれてハッピーエンドなのに対し、私には永遠にハッピーエンドはこないということだ。

仮に池松さんが私の想いに応えてくれたとしてもそれは不倫になるし、離婚してくれたとしても奥さんを犠牲にして手に入れたものがハッピーエンドだとは思えない。

たとえあんな奥さんでも。