ブブッ、震えた携帯の画面には、外回りに出ている宗正さんからメッセージが入っていた。
アプリを開くと電柱の陰から猫がこっちを見ている。

【今日、飲みに行かない?】

【取引先の店長にセクハラされた】

【慰めて】

猫に土下座されるともう無理。
くすくす小さく笑いながら、携帯に指を走らせる。

【いいよ。
愚痴に付き合うよ】

OKサインのうさぎのスタンプを送った途端、既読になった。
間髪入れずに泣きながら感謝する猫ちゃんが表示されて、画面を閉じる。

……また手でも握られたのかな。

宗正さんは社内だけじゃなく社外でもモテるらしい。
まあ、取引先も仕入れ先も女性の方が多いからかもしれないけど。


私はきっちり定時で仕事を終わらせたけど、宗正さんはまだ仕事をしていた。

「ごめん、詩乃。
ちょっとだけ待ってて」

「了解です」

申し訳なさそうに宗正さんが拝むから、私も笑って返す。
自分の机に再びついて、携帯でネット小説を読みながら待つ。

最近は御曹司とか社長とかが相手の恋愛小説にハマっていた。
オフィス恋愛ものは課長とか係長とかの上司が相手のものも多いが、そういうのは……もしこれが池松さんだったら。
とか想像してあとで虚しくなるので、あまり読みたくない。

「羽坂は宗正待ちか?」

ぼーっと携帯の文字を追っていたら、池松さんから声をかけられて顔をあげた。

「はい」

「そうか。
うまいもん、食わせてもらえ」

八重歯を見せてにかっと笑う池松さんは、私と宗正さんが付き合っていると信じて少しも疑っていない。
池松さんだけじゃない、会社の誰もが私と宗正さんが付き合っているって信じていた。

「詩乃、お待たせ。
あー、また池松係長が詩乃にちょっかいだしてるー」

ふざけるように宗正さんがむくれ、池松さんは苦笑いしている。

「無駄な心配するより、羽坂を大事にしてやれ?」

「それこそ心配されなくてもしてますよ」

ふたりのあいだを静かに、緊迫した空気が流れた。

「ねー、詩乃?」

宗正さんが笑うと一気に空気が緩んだ。
さっきのは……私の勘違い?

「はい、宗正さんは優しいです」

「そうか。
ならいい」

私も笑って答える。
池松さんも満足そうに頷いた。


宗正さんといつもの居酒屋に行く。