「あ、君も食う?」

にかっと八重歯を見せて笑う男性社員は意外と若く見えた。
私の返事なんか待たずにポケットの中を探り、アメを握っているであろう拳を差し出してくる。

「まあ、遠慮せずに」

「じゃあ……」

両手の平を上にして揃えて出すと、彼はその上にパインアメを落とした。

「それで。
慣れたか」

背もたれの上に両腕を重ねておき、その上に顎をのせて彼はさらに聞いてきた。

「ええ、まあ」

陰鬱な課長と一緒に過ごし、さらには女性社員に訳もわからず怒鳴られて慣れるわけないけど。

嘘を誤魔化すように、くるくるともらったパインアメを手の中で弄ぶ。

「うちで働くのはなにかと大変だと思うけど。
できれば長く勤めて欲しい」

さっきまでの軽い調子とは違い、眼鏡の奥からまっすぐに見つめてくる。
その視線はあの影の薄い課長やさっき私を怒鳴った女性社員とは違い、この人は頼っていいんじゃなかなって思わせた。

「……できれば」

「うん。
本多さんは頼りないかもしれんけど、おじさんでよかったらいつでも相談に乗るし、愚痴だってつきあってやるからな」

くいっと眼鏡をあげ、男性社員は椅子を立った。
立つときちらりと、左手薬指に既婚者の証しが見えた。

「……よろしくお願いします」

「じゃあ、頑張れよ」

ひらひらと手を振って、彼は去っていった。

……なんだったのかな。

気が向いて、手の中で弄んでいたパインアメを口に入れる。
どこか懐かしい味のそれは、私に元気をくれた。

あとで席次表と照らし合わせて、池松さんというのだと知った。
係長で、年は四十近いらしい。

「……終わったかな。
……次の説明……」

「本多課長!」

任された処理が終わった頃、本多課長が戻ってきた。
けれど私の隣の椅子に座るよりも早く、凄い勢いで夜会巻きの女性が迫ってくる。

「……な、なに?」

本多課長、怯えるのはいいけれど、私の背に隠れるのはどうかと思う。

「今度、カタログ用に新しいモデルを使うって話、どうなったんですか!?」

だん、女性が机に手を叩き付け、腰に手を当ててぐっと顔を近付けると、その耳のチェーンピアスがぶらぶらと揺れた。
というか、私越しに本多課長を睨むのはやめて欲しい。

「……その話、ね……。
外川部長が……いまの子で十分だろう……って」