おじさんは予防線にはなりません

「えー、池松係長のおごりですかー?」

「莫迦いえ、君の分までおごるわけないだろ」

「じゃあ行かないですー。
それにオレ、さっさと終わらせないといけない仕事があるんで。
じゃ」

宗正さんは私に向かって意味深にウィンクしてきて、気を使ってくれたのが嬉しかった。


池松さんはちゃんと、このあいだの喫茶店に連れて行ってくれた。

「ハンバーグでいいのか」

「はい」

メニューは開いたけど、すぐに閉じた。
池松さんもメニューを閉じて店員を呼び、すぐに注文をはじめる。

「ハンバーグセットふたつ。
食後に本日のコーヒーで」

このあいだと全く同じ注文だけど、なんだかそれがいまは懐かしい。
関係が変わってしまったいまは。

「でもよかったのか、その、俺とふたりで食事とか」

水を飲みながら池松さんはちらちらと私をうかがってくる。
そういうのはちょっと、傷つくな。

「別にかまわないですよ。
浮気してるわけじゃないんですから」

私はもちろん浮気じゃないし、池松さんだってそういう気持ちはないだろう。
なら、問題なんてなにもない。

「ならいいけどな」

ぼそっと呟いて池松さんはまた、水を飲んだ。

適当に最近のことを話しながら食べる。

「宗正とはどうだ。
……ってこんなことを聞くのはセクハラか?」

「……セクハラですよ」

聞きながらもそんなことを気にしている池松さんがおかしい。
普段ならこういう話題は笑ってかわすけれど、池松さんからのこの話題は複雑な心境だ。

「私は宗正さんと……なんでもないです」

「どうかしたのか」

心配そうになった池松さんに曖昧に笑って誤魔化す。
「ほんとになんでもないです。
宗正さんは優しいので」

「よかったな」

私が笑うと池松さんはほっとした顔で笑った。

「最近はどうだ。
なんか困ることとかないか。
……まあ大変ちゃぁ、大変だろうけど」

苦笑いの池松さんに私も苦笑いで返す。
池松さんがいわんとしているのは、宗正さんがらみのことだろう。

「そうですね。
特に困ったことはないです」

「なんかあったらなんでも言えよ」

「そのときはよろしくお願いします」変に予防線を張られずに、普通に話ができるのが嬉しい。
そのために……宗正さんを利用するのには心が痛むけれど。

気づいてしまったのだ、池松さんが私と宗正さんが付き合っているって誤解していれば、いままで通りに接してくれるんだって。

なら、誤解されたままでいい。

でもそれは宗正さんの気持ちを利用する、最低の行為だってわかっていた。

それでも……それでも私は、池松さんに笑いかけて欲しかったのだ。