おじさんは予防線にはなりません

「池松係長が好きだから?」

俯いたままきつく唇を噛んだ。
だからといって言えるはずがない。

「オレ、前に言ったよね。
ほかの恋は応援してあげられるけど、池松係長とは無理だって。
あの人は結婚してるんだよ」

「わかってます。
わかってます、けど。
それでも池松さんが好きなんです……」

鼻声になっている自分に慌てて鼻を啜る。
落ちそうな涙に耐えるように顔をあげた途端、ぎゅっと宗正さんに抱きしめられた。

「……泣かないで」

私にはそんな資格はない、腕から抜け出ようとするけれどますます強く抱きしめられた。

「詩乃に泣かれると悲しくなる」

泣き出しそうな声にもがくのをやめた。
とくんとくんと宗正さんの心臓の音が淋しそうに響く。

「応援はしてあげられないけど、詩乃が泣きたいときはこうやって抱きしめてあげる。
オレにできるのはそれくらいだから」

自分の胸から私を離し、そっと指で涙を拭ってくれた。
その笑顔に胸の奥がきゅんと締まって、どうして私のが好きなのは宗正さんじゃないんだろうって思う。

「あ、でも誤解しないでね。
弱ってる詩乃に優しくして、オレに心変わりしてくれないかなって下心ありだから」

いたずらっ子のように目尻を下げて笑われ、私も笑うしかできなかった。



お昼休みになって池松さんがこっちに向かってくるのが見えたから、その前に立ち上がる。

「宗正さん、コンビニ行きますよね?
私も一緒に行きます」

昨日の花火大会で疲れたのもあって、今朝はお弁当を作る気力がなかった。
当然、お弁当バッグは持ってきていないので、池松さんは気づいているはず。

「なに?
詩乃、今日、お弁当持ってきてないの?
なら外ランチ行こうよ」

「……!」

「……!」

宗正さんが私を詩乃と呼び、あたりがざわめいた。

「……大河」

代表するように立ち上がった、布浦さんの地を這うような声が怖い。

「前から気にはなってたけど、羽坂さんと付き合ってるの?」

笑顔の布浦さんの、口端がぴくぴくとひきつっている。

「なんでそんなこと答えなきゃいけないの?
オレが誰と付き合おうと、布浦には関係ないよね」

にっこりと笑顔を作って正論を吐く宗正さんは……はっきり言って怖すぎます!

「関係あるよ!
私は大河のこと、す」