「職場じゃないんだから名前で呼んで。
大河。
はい」

はい、とか促して、期待を込めた目で見つめられても困る。

「た、大河……さん」

「ブー。
大河って呼ばないと返事しない」

ぷいっ、子供のようにむくれて顔を背けられ、途方に暮れてしまう。

「た、大河」

「なに?」

ぱーっと満面の笑みで見つめられるとま、眩しすぎる。
例のごとく、ミニチュアダックスのふさふさのしっぽがパタパタ振られていておかしくなってくる。
ちなみにいっておくけど、私が宗正さんにイメージしているミニチュアダックスはクリーム色の毛が長いタイプだ。

「大河は浴衣じゃないんですね」

「ブー。
敬語も禁止ー」

また宗正さんが拗ね、だんだんめんどくさくなってきた。

「大河は浴衣じゃないん……だね」

「そうだよー。
浴衣で揃えてもいいけどさ。
慣れない浴衣だと、詩乃をかっこよく守れないからね」

そういう気遣いはまた、女慣れしているんだろうなと感じさせた。
こんなに可愛くて女性にもてる宗正さんがどうして私なんかにこだわるのか、やはりわからない。

「お腹空いていない?
なにか買ってくるよ」

「えっ、私も、それにお金、」

宗正さんが立ち上がり、慌てて私も立ち上がろうとしたけど止められた。

「今日はオレにおごらせて。
じゃ、待っててねー」

ひらひらと手を振って、宗正さんは私を残して行ってしまった。
ひとりになって暇になり携帯をチェックすると、池松さんからメッセージが入っていた

【おはよう】

【今日は天気良さそうでよかったな】

【浴衣の着付け、手に余るようなら言え。
妻に頼んでやるから】

【あと、今日はしっかり宗正におごらせろ。
あいつは君と違って正社員なんだから】

【熱中症には気をつけろよ。
楽しんでこい】

眼鏡のおじさんの、スタンプ混じりのメッセージにはぁっ、小さくため息が漏れる。
会社で私と宗正さんが花火大会の相談をしているのを池松さんは聞いていたのだ。

「おう。
若い人間は羨ましいな。
おじさんは休みの日、疲れて寝ていたいぞ」

パインアメで口をもごもごさせながら言われたって、少しも笑えない。
そうやって私に予防線を張っているのがわかっているからこそ。