「羽坂、最近、元気ないよな。
宗正となんかあったか」

気分がようやく回復したのに、池松さんの口から出る宗正さんの名前に一気にまた下がっていく。

「なんでそんなこと聞くんですか。
宗正さんとはなんでもないですよ」

ついつい、声が尖ってしまう。
きっと眉は、不快そうに寄っていることだろう。

「あ、……すまない」

申し訳なさそうな池松さんの声ではっと我に返った。

苛ついて池松さんに当たったって仕方ない。
池松さんは私の気持ちを知らないのだし、教えるわけにもいかないのだから。

「私の方こそ、すみません。
……これ、よかったらもらってください」

残りのラムネアメを押しつけると池松さんは受け取って、すごすごと自分の机に戻っていった。

この想いが報われないのはもう、諦めがついている。
けれど池松さんに、ほかの男と付き合っているとか、好きだとかそんなふうに思われるのは我慢ができなかった。


苛ついたまま午後の仕事をする。
事務所裏に置かれたシュレッダーがそろそろ一杯なので、苛つきついでに掃除することにした。

「池松ってさ、なんかムカつくよね」

「そうそう、調子乗ってるっていうかさ」

聞こえてきた池松さんの名前にぴくりと手が止まる。
棚の陰になってこちらに気づかないのか、女性社員たちは話し続ける。

「今度、『P&P』と取り引きはじまるけどさー、あそこのデザイナー兼社長、気むずかしくて有名じゃん?」

「あー、聞いたー。
超有名セレクトショップの『Noir』(ノワール)が買い付けに行ったけど、断られたって」

気配を殺してじっと、彼女たちの話を聞いていた。
P&Pとの取り引きは、繊研新聞に載るほどニュースになっている。

「池松、もしかして女社長に枕営業したんじゃない?」

シュレッダーのゴミ枠を持つ手に力が入る。
池松さんがそんなこと、するわけがない。

「社長、四十過ぎても独身なんでしょ。
ありえるー」

「結婚してるくせにやるよね」

「案外、奥さんとうまくいってなくて社長で憂さ晴らしとか?」

「うけるー」

言いたい放題の彼女たちに感情が少しずつ沸点へと向かっていく。

奥さんの方はどうだか知らないが、池松さんはちゃんと奥さんを愛している。
そんな池松さんが浮気なんてするわけないし、取り引きしてもらうためだけに寝るなんて女性に失礼なこと、するわけがない。

「だいたいさー、いっつも私らに注意とかしてくるけど、何様のつもり?」

「そうそう、本多課長なんてなにも言わないじゃん」

「ほんとムカつくよね、池松」