おじさんは予防線にはなりません

宗正さんを狙っていたのは森迫さんひとりだけじゃない。
しかも彼女たちは森迫さんが異動という脱落をしたことによって、競争率が下がったと喜んですらいる。

……残業にならないようにきびきびやらないと。

私は猛然と、経費の処理からはじめた。



お昼休み返上でキーを叩いていたら、ガサゴソとコンビニの袋の音とともに誰かが私の傍で足を止めた。

「羽坂ちゃん、お昼行かないの?」

「ちょっと立て込んでいるので無理です」

画面から視線を逸らさず、声をかけてきた宗正さんに返す。

「んー、聞くけどさ。
おにぎりだったら食べながらできる?」

宗正さんはどういうつもりなのか、隣の席に座ってきた。

「まあ、できなくもないですけど」

いったい、なにが言いたいのだろう。
私としては一分一秒が惜しいので、さっさとどこかに行ってほししい。

「羽坂ちゃん、弁当だよね。
オレのおにぎりと交換しない?」

「……はい?」

キーボードの上で手が止まる。
思わず宗正さんを見ると、どうしてか星が飛びそうなほどきらきらした顔で私を見ていた。

「オレのおにぎりあげるからさ。
羽坂ちゃんのお弁当、オレにちょうだい?」

可愛く小首を傾げられても困る。
それでなくてもさっきから、じみーに刺さる視線を感じているのだ。
そんなことをしたらそこにおいてあるパッキンにさらにもう一箱か二箱、追加されかねない。

「あのー」

「どうでもいいけどさ。
オレ、人に無理な仕事を押しつける人間、嫌いなんだよねー」

わざとらしく宗正さんが大きな声を出した途端、集中していた視線が動揺した。
そのままぱらぱらと散っていき、すぐに私たちの方を見ている人間はいなくなった。

「ね、いいよね」

押し切るようににぱっと笑われたら断りきれない。
それに、いまのは助けてくれたんだと思うとなおさら。

「……はい」

引き出しからお弁当の入ったバックを出して渡す。
宗正さんは引き替えにコンビニの袋を渡してくれた。

ぱりぱりとパッケージを破っておにぎりを囓りながら作業を再開する。
宗正さんは机の上のパッキンをよけて、その場で私のお弁当を開けた。

「羽坂ちゃんのお弁当って美味しそうだね」

嬉しそうににこにこ笑いながらお弁当を食べられると恥ずかしくなってくる。

昨日、買って帰った、お総菜の唐揚げの残りを酢豚風にアレンジしたのと玉子焼き、小松菜の炒め物に彩りのミニトマト。
そんなに手の込んだものは作っていない。

「……褒めたってなにも出ないですよ」