池松さんも頷いてメニューを閉じた。

「食後にコーヒーで」

注文を復唱し、メニューを回収して店員がいなくなる。
宗正さんは瞳をうるうると潤ませ、池松さんの腕に縋りついた。

「池松係長ー、オレ、マジでピンチなんですってー」

本気で宗正さんが困っているということは、頼んだステーキランチってそんなに高いんだろうか。

いいのかな、ほんとに。
そんなのおごってもらって。

「わかった、わかった。
君の分も払ってやるから心配するな」

邪険に宗正さんを振り払い、池松さんはくいっと眼鏡をあげた。
やっぱり最初から、宗正さんの分も払うつもりだったんだ。
優しいな、池松さんは。

「ほんとですか!?
ありがとうございます!」

宗正さんに犬の耳としっぽが見えるのは気のせいかな。
それも小型の、ミニチュアダックス。
そしてしっぽはもちろん、勢いよくパタパタと振られている。

宗正さんがミニチュアダックスなら、池松さんは黒ラブ?
落ち着いた大型犬でいて、ものすごく人なつっこそう。

料理を待っているあいだに、持ってきたネクタイの包みを差し出した。

「池松さん。
その、……いつもお世話になっているお礼です」

「俺に?」

受け取りながらも池松さんは戸惑っていて……もしかして、迷惑だったのかな。

「池松さんのおかげでまだ、ここで働いています。
あのときだって気遣ってくれたし、今日だって。
感謝、しています」

マルタカのレディースファッション部で働きはじめて、三ヶ月目に入った。
あんなことがあってもまだ、辞めるつもりはない。
このあいだ様子を見に来た早津さんにも、会社から契約を切られない限り続けるつもりだと伝えてある。

「よせや。
おじさんは当たり前のことをしただけだ。
それに、まだ続けられてるのは羽坂が頑張ってるからだ。
羽坂が頑張るんだったら、おじさんは全力で応援する」

ぽりぽりと照れくさそうに池松さんが頬を掻き、やっぱりこの人が好きだと思った。
けれど相手は既婚者で、この想いは秘めておかなければいけない。

「はい!
はい!
オレも、オレも応援するし!」

騒がしい宗正さんに池松さんと顔を見合わせて笑うしかなかった。



衣更えの時期も終わり、このあいだ池松さんに選んでもらったセットで出勤してみる。

「おっ。
それ、この前の服か」

「……はい」

すぐに気づいた池松さんがにやにや笑っている。

今日はオレンジのスカートのセットにしてみた。
派手かなとは思ったけれど、池松さんの言うとおり、上に羽織った黒のジャケットが落ち着かせてみせる。