おじさんは予防線にはなりません

頬の腫れは翌日には引いたが、傷はかさぶたになってしばらく目立っていた。

「ほんとに悪かったな」

私の傷を見るたび池松さんは申し訳なさそうで、反対にこっちが申し訳なくなる。

「その傷が原因で羽坂を振るような奴がいたら、俺がガツンと言ってやるからな」

「……そのときはお願いします」

にやりと池松さんが笑い、はぁっ、心の中で小さくため息をつく。

あの日、責任を取ると言った池松さんは、さらに続けてこう言ったのだ。

「森迫にはきちんと詫びを入れさせる。
それでも羽坂の気がすまないのなら、訴えてもいい。
外川部長や上の奴らがそれでなにか言ってきたら、俺がなんとかしてやる」

なにかを期待していたわけじゃない。
それでもがっかりしている自分を隠せない。
池松さんは真剣だけれど、言って欲しいのはそんなことではないのだ。

「これくらいで訴えたりしないですよ」

「本当にいいのか」

どこまでも真剣な池松さんの気持ちは嬉しいが、そんなことをすれば仕事を失いかねない。
それにそれで契約解除になったとなれば、派遣会社も次の派遣先を斡旋しづらいだろう。

「はい。
これくらい、大丈夫ですから」

笑顔を作って答えると、池松さんは渋々ながら納得してくれたようだった。



森迫さんは私たちが会社に戻ったときにはすでに帰っていた。

「もう、大変だったんですよ」

後頭部を氷の入った袋で冷やしながら、宗正さんはジト目で池松さんを睨んだ。

「会議室にふたりになったとたん、押し倒されて。
火事場の馬鹿力っていうんですか?
押しのけようとしてもびくともしないし。
本多課長が来るのがあと少し遅かったらオレ、マジで犯されてましたよ」

「それは悪かったな」

宗正さんの肩をぽんぽんと叩く池松さんは全く労っていないようだけれど……気のせい、かな。
それにこういう言い方はあれだが、宗正さんの自業自得ともいえなくもない。
あんなときにああいうことを言うから。

「オレさ、猫かぶるのやめようと思うんだよね。
だからよろしく、羽坂ちゃん?」

私の手を取って、宗正さんはにっこりと笑った。

……えっと。
それってどういう意味ですか?

困惑する私に、池松さんはすーっと視線を逸らしただけだった。


森迫さんは謹慎処分になり、部署も異動になった。
事実上の左遷は多少罪の意識を感じるが、さすがに宗正さんに実力行使に出たのは、同情の余地はないと思う。