おじさんは予防線にはなりません

「はい」

促されて歩き出す。
頬を腫らした私に何事かとみんなが振り返る。
池松さんはまるでかばうように、私の肩をそっと抱いてくれた。

「あの、……森迫さん、は」

私に池松さんがついているということは、森迫さんと話をする人はいないはず。

「ああ、本多さんに頼んできた。
一応、上司なんだからなんとかしてくれるだろ」

池松さんは嘯いているけれど……本当によかったんだろうか。
私の怪我よりも本多課長の、胃の状態の方が心配だ。


会社を出て二軒隣の医療系雑居ビルに連れて行ってくれた。
自分ではそれまで怪我の状態を確認していなかったが、改めて鏡を渡されて見ると、肉が軽く抉れていた。

「痕が残るかもしれませんね」

「そうですか……」

医者から告げられてもため息しか出ない。
昨日はネクタイを選ぶのを諦めてさっさと宗正さんを無視して帰ればよかった。
けれど、いまさら後悔したってもう遅い。

「どうだった?」

診察室を出た私の頬に貼られた大きなガーゼを見て、池松さんは痛そうに顔をしかめた。

「痕が残るかもしれないそうです」

心配させたくなくて笑顔を作って答える。
でも池松さんの方が泣き出しそうになっていた。

「すまなかった。
もっと早く気づいていれば、こんなことにはならなかったのに」

池松さんに勢いよくあたまを下げられて慌てた。

悪いのは池松さんじゃなくて森迫さんだ。

そして、こうなることが薄々わかっていたのに、宗正さんを避けられたなかった自分にも責任がある。

「池松さんが悪いんじゃないですから」

あたまをあげた池松さん、は眼鏡の奥からまっすぐに私を見た。

「いや、俺にも責任はある。
この傷はちゃんと、責任を取るから」

まるでプロポーズのような台詞に……知らず知らず、喉がごくりと鳴った。